襲撃
岩肌に雪が残る山間部。
街道を、一台の幌馬車がゆっくりと進んでいた。
その時だった。
風に混じって、焦げた匂いが流れてくる。
「む?」
御者台側を覗き込んだルカが、手を額へかざした。
「煙が上がってるな。……馬車も、ひっくり返ってないか?」
街道の先。
山道の向こう側に、黒煙が立ち昇っている。
ジェラルドが、荷台から身を乗り出した。
「戦闘か!」
明らかに目が輝いていた。
「なんで嬉しそうなんですか……」
レオナードが、本気で嫌そうな顔をする。
ルカは静かに目を細めた。
「数は?」
レオナードが煙の向こうを観察する。
「ざっと三十……いや、四十か」
怒号。
金属音。
木材の軋む音。
街道の先では、エルソン商会の先遣隊が築いた簡易柵を挟み、人影が激しく入り乱れていた。
「ふーん」
ジェラルドの口元が、少しだけ吊り上がる。
「ちょうどいいな」
「何がです?」
「最近、身体動かしてなかった」
「だからなんで楽しそうなんですか!」
その横で。
セシリアだけは、心配そうに煙の向こうを見つめていた。
「怪我人……多いでしょうか」
「でしょうね」
レオナードが眉をひそめる。
「うちの先遣隊は、戦闘専門じゃありませんし」
「急ぎましょう」
セシリアが、胸元の聖書をぎゅっと抱きしめた。
「助けないと」
「やり甲斐ありそうだ」
ジェラルドが、不敵に笑う。
直後。
――ドォン!!
轟音。
土煙が吹き上がった。
ついに、先遣隊側の簡易木柵が破壊される。
悲鳴。
怒号。
「押し込めぇ!!」
山賊たちが、一斉に街道へ雪崩れ込んだ。
レオナードの顔色が変わる。
「まずい――」
だが。
ジェラルドだけは、楽しそうに笑っていた。
大剣へ手をかける。
革手袋が、柄を握る音。
「じゃ、行ってくる」
ルカも静かに剣を抜いた。
「……ほどほどにしろよ」
「分かってるって」
「全く信用できん」
次の瞬間。
ふわり、と。
ジェラルドの身体が、荷台から舞った。
軽い。
大剣持った重さが嘘みたいな跳躍。
そして。
ズドンッ!!
土煙を蹴散らしながら、その姿が、一瞬で戦場へ消える。
直後。
ドゴンッ!!!
人影が、宙へ打ち上がった。
「な、何事だ!!!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間。
「ぐえっ!?」
眼の前へ、仲間だったものが落ちてきた。
転がる。
動かない。
砂煙の向こう。ゆっくりと、人影が現れる。
肩へ担がれた、身体に見合わない大剣。
赤毛の少年。
「なんだ」
拍子抜けしたみたいな声。
「てんで手応えがねえ」
山賊たちの背筋を、冷たいものが走った。
本能が告げている。アレは駄目だ、と。
「ま、魔術師ども!!」
「とっととアイツを止めやがれ!!」
怒鳴り声。
後方の魔術師たちが、慌てて杖を掲げた。
だが、その瞬間だった。
林の奥。
白銀の剣閃が、静かに走る。
「ギャッ!?」
火球を放とうとしていた魔術師が、杖ごと地面へ叩き伏せられた。
「させねぇよ」
低い声。
白銀の鎧。
静かに剣を振り払うルカの背後には、既に何人ものならず者が転がっていた。
速い。正確。無駄がない。
その姿に、山賊たちの顔から血の気が引いていく。
「ひ、怯むな!!」
「囲め!!」
叫び声。
だが、前へ出た瞬間。
ドゴンッ!!
今度はジェラルドの大剣が、まとめて数人を吹き飛ばした。
「うわぁっ!!」
「む、無理だ!!」
完全に士気が折れる。
それを見た護衛隊長チェスターが、即座に叫んだ。
「今だ!!押し返せ!!」
「応ッ!!!」
先遣隊の護衛たちが、一斉に前へ出る。
そこから先は、一方的だった。
武器を捨てて逃げる者。
その場へ崩れ落ちる者。
土下座のように投降する者。
寒い街道へ、怒号と悲鳴だけが広がっていく。
やがて。
戦いが終わった。
チェスターが、深く息を吐く。
そして、ルカとジェラルドの前へ跪いた。
「……助かった。礼を言う」
「気にすんな」
ジェラルドは軽く手を振る。
ルカは周囲を警戒したまま、短く頷いた。
その後方では、セシリアが既に傷病者の治療を始めている。
淡い光。
うめき声が、少しずつ落ち着いていく。
「チェスターさん。ご苦労さまです」
ひょい、と。
荷車の陰から、レオナードが顔を出した。
「レオ坊っちゃん!?」
チェスターが目を丸くする。
「……ということは、まさか彼らが」
レオナードは、にこりと笑った。
「そういうことです」
チェスターの視線が、改めてジェラルドとルカへ向く。
赤毛の大剣使い。
白銀の騎士。
そして、なぜか。
傷ついた山賊にすら祈りを向ける青髪の少女。
その瞬間。
チェスターは、商会長ジョシー・エルソンが何を始めようとしているのかを、なんとなく理解してしまった。




