商機
王都。新連邦代表執務室。
書類の山。通信記録。各地方からの報告。
その中心で、ジュリアは淡々とペンを走らせていた。
コンコンコン。
ノックの音。
「はい。開いていますよ」
ガチャ。
「はじめまして。ジュリア嬢」
入ってきた男は、仕立ての良い外套を纏い、商人らしい柔らかな笑みを浮かべていた。
「わたくし、エルソン商会の商会長、ジョシー・エルソンと申します」
にこやか。
だがその目だけは、妙に鋭い。
ジュリアが顔を上げる。
「エルソン? ……ああ、レオナードのお父様ですか」
「オリハルコンの際には、息子がお世話になりました」
微笑みを絶やさない。
「あの時はこちらも非常に助かりました。で、ご要件は?」
ジュリアは視線を書類に落とし、ペンを動かしながら、先を促す。
「話が早くて助かります」
ジョシーは、自然な動作で椅子へ腰掛けた。
そして、題目を発する。
「最近話題の“白の聖堂”」
ジュリアのペンが止まる。
「……はい」
「あれは貴女の差し金ですか?」
「違います」
即答だった。
ジョシーの片眉が、わずかに上がる。
「ほう?」
「都市インフラとして、非常に優秀な案だと思いまして。てっきり貴女が設計したものかと」
「私を買いかぶりすぎです」
ジュリアは、本気で嫌そうな顔をした。
「あれはセシリアという青髪の少女が、打算なしで勝手にやっているだけに過ぎません」
「なるほど」
ジョシーは頷いた。
「しかし、貴女は放置している」
「気づいた時には、もう手遅れだっただけです」
ジュリアが、深いため息を吐く。
「炊き出しだけかと思えば、孤児保護、夜警、治療、往診、物流支援」
右手で指を折りながら、左手はこめかみを押さえている。
「最近では地方から“うちにも来てください”という陳情まで来ています」
最後は再び溜息を吐いて、顔を両手で覆った。
「素晴らしい!」
「全然素晴らしくありません!」
ジョシーは、そこで初めて、少しだけ笑みを深くした。
「であれば、少し私も噛ませて下さい」
「は?」
ジュリアが顔をしかめる。
「……何を言っているんですか?」
「簡単な話です」
ジョシーは、指を組んだ。
「白の聖堂がある街は、人が集まる」
「人が集まれば市場ができる」
「市場ができれば物流が生まれる」
「物流が生まれれば街道が整備される」
「つまり」
そこで、商人の目になる。
「これは、次代の流通網です」
ニヤ、と目を細める。
ジュリアは、数秒間、完全に嫌そうな顔をしていた。
「……レオナードと同じ目をしていますね」
「よく言われます」
「断ります」
「まだ何も要求しておりませんが?」
「嫌な予感しかしません」
ジョシーは、楽しそうに笑った。
「各地方に、小聖堂と通信拠点を同時設置するだけです」
「嫌な予感しかしません」
「巡礼路へ商会護衛を付けるだけです」
「もっと嫌です」
「孤児を職業訓練して物流補助へ」
「やめてください」
「街道整備費はこちらで持ちます」
「やめろと言っているでしょう」
ジュリアが、本気で頭を抱える。
ジョシーは確信した。
(やはりこの嬢さん、自覚がない)
だからこそ、面白い。
「では」
ジョシーが立ち上がる。
「勝手に進めます」
「は?待ってください」
「なんでしょうか?」
「なぜそうなるんですか」
ジョシーは、不思議そうに首を傾げた。
「商機だからです」
即答だった。
「……それに」
商人の笑み。
「これは単なる商売です」
「だから、貴女にも止める権利は無い」
あまりにも自然だった。
ジュリアが、じっと商人を見る。
ジョシー・エルソン。
この男。
おそらく、白の聖堂を“信仰”として見ていない。
もっと現実的な何かとして見ている。
ジュリアの顔が、ゆっくり引き攣った。




