組織化と休めない休日
リィンは久々に小聖堂の様子を見に来ていた。
入口近くの壁に掛かっている板。
それをまじまじと読む。
「……あの、ルカさん」
「なんだ?」
ルカは、白銀の小手を布で磨きながら応えた。
夕方。
小聖堂の片隅。
炊き出しは終わり、孤児たちの笑い声が奥の部屋から微かに聞こえてくる。
リィンは、じーっ、とルカを見ていた。
「なんか、治安部隊作ってません?」
「別に作ってないが?」
即答。
「夜警表があるんですが」
「知らん。勝手に出来た」
意味不明だった。
リィンが板をひらひらさせる。
『第一班:東エリア』
『第二班:西エリア』
『見回り経路図』
『緊急時集合場所』
「めちゃくちゃ組織化されてません?」
「効率化しただけだ」
「それを組織化って言うんですよ」
ルカは、ふん、と鼻を鳴らした。
「下層の連中は夜道に慣れてる。土地勘もある。使わん手はない」
「使うって言いましたよね今」
「聞き間違いだ」
絶対違った。
さらにリィンは板の一部分を指さす。
『“孤児保護班”』
『“搬送担当”』
『“鐘楼連絡係”』
「もう完全に部隊じゃないですか!」
「お前、声でかいぞ」
ルカは、静かに周囲を見回した。
聖堂入口。木箱を運ぶ青年たち。石を組み、修繕を続ける職人。見回り帰りらしい男たち。
皆、自然に動いている。しかも笑顔で。誰かに強制された訳でもない。
「……まあ」
ルカは、小手を磨く手を止めた。
「守りたい場所があると、人は勝手に動く」
低い声だった。
「ここは、飯が出る。子供が寝れる。怪我人を見捨てない。だから連中も、ここを壊されたくないんだろ」
リィンは、少しだけ目を丸くした。
「……ルカさん」
「あ?」
「今、ちょっと格好いいこと言いました?」
「気のせいだ」
その時。
奥から、ぱたぱたと足音。
「ルカさーん!!」
孤児の一人が、勢いよく飛びついてくる。
「ダン爺とコニーの旦那がまた喧嘩してるー!」
「……はぁ。あいつら」
ルカは立ち上がった。
「どこだ」
「裏庭!」
「行くぞ」
腰の剣を鳴らしながら、ルカが歩いていく。
その背中を見送りながら、リィンはぽつりと呟いた。
「……絶対、治安部隊の隊長ですよね、あれ」
誰も否定しなかった。
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アークライト邸・研究棟。
机の上には、
書類。
魔導回路。
分解された帝国製ドローン。
床には、
丸められた設計図。
徹夜明け。
エリザは、
完全に死んだ目で机へ突っ伏していた。
「……あと三日……」
「何がです?」
そこへ、侍女服姿のリィンが、盆を持って入ってくる。
湯気の立つ紅茶、甘い焼き菓子をコトリと置いた。
「差し入れだそうです」
エリザの虚ろな目が、ゆっくりリィンへ向いた。
「……リィンちゃん」
「はい?」
「ちょっとそこ座って」
「え?」
ぎゅう。
「にゃっ!?」
突然だった。猫耳ごと抱き込まれる。
「はぁ……生き返る……」
「ちょっ!? なんですか!?」
もふもふ。
エリザの顔が、完全に猫吸いする人類のそれだった。
「癒やし……」
「やめてくださいーっ!!」
リィンの猫耳が、ぶわっと逆立つ。
するりと抜け出すと、脱兎の勢いで研究棟を飛び出した。
「ジュリア様ぁ!!」
サロン。
書類を読んでいたジュリアが、顔だけ上げる。
「なぜかいつもエリザさんに抱きつかれます!なんとかしてください!」
「……彼女に悪意はないですから、別に良いではないですか」
「良くないですっ!!」
リィンは、本気で抗議した。
「猫じゃないんですよ私は!」
「でも耳があります」
「そこですか!?」
ジュリアは疲れたように紅茶を飲む。
「せっかくの休日なんですから。リィンもゆっくりしなさい」
庭のほうから、ガギィン!! と重い音が響いた。
窓の外。
エドワードが、ものすごい勢いで剣を振っている。
「おらぁ!!」
「遅ぇ」
対するジェラルドは、涼しい顔でいなしていた。
完全にストレス発散だった。
「ジュリア、結局仕事尽くしになっちゃったね」
ミシュリーヌが、ソファへ寝転がりながら言う。
「まったくです」
ジュリアが、死んだ目で書類を置いた。
「ただの旗印だと聞いていたのに……」
深いため息。
「あの大人たちに、まんまと騙されました」
「そんなに大変なの?」
「最近は聖堂関係者がうるさいのです」
ジュリアが、こめかみを押さえる。
「担当者を立てておくべきでした」
「聖堂と言えば」
リィンが、ふと思い出したように言った。
「セシリアさん、王都下層区で何か始めちゃいましたね」
「それですよ!」
ジュリアが、びしっ、と指を立てる。
「そのせいで、王都の聖堂が文句たらたらなんです」
「近頃、信者が流れ始めているとかで」
ミシュリーヌが、きょとんとする。
「……それって問題なの?」
「大問題です」
ジュリアは即答した。
「辞めさせたいのは山々ですが」
「……もう止まりそうになかったですよ?」
リィンが、遠い目をする。
「炊き出し始めたと思ったら、孤児集まって、病人来て、修繕始まって。……いつの間にか夜警までできてました」
「は?夜警?」
「ルカさんが“勝手に出来た”って」
ジュリアが、ゆっくり顔を覆う。
「あの二人を自由にさせたのは失策でした……。新政府になって落ち着いたからと、油断しました」
「ですがもう」
諦めたような声。
「止まりそうにありません」
その時。
庭から。
「ぐわぁっ!?」
「エドよえーな!」
「お前といっしょにするな!!少しは手加減しろ!!」
エドワードの叫びが聞こえた。
ジュリアは、無表情のまま紅茶を飲んだ。
「……うるさいですね」
でも少しだけ。
その空気は、以前より穏やかだった。
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AIにミシュリーヌのイラスト書いてもらいました。




