静かな復讐
ヴィリバルト・カルヴェインは、ようやく帝国商船を呼べた。
意気揚々と港へ出迎えに行く。
だが。
船長は視線を彷徨わせていた。
「……失礼」
「我々は“ベルンシュタイン卿”との取引に来た。彼はどこに?」
ヴィリバルトはにこりと笑う。
「私がベルンシュタイン家当主だ」
沈黙。
そして。
「違います。我々は"ベルンシュタイン家"と取引したいのではない」
「何を言う?」
「彼の持つ人材・情報・流通網と取引がしたいのだ」
ヴィリバルトは笑みを崩さなかった。
「……なるほど。しかし、ここは港だ。ここでも取引はできるはずだ」
帝国船長が、静かに周囲を見回した。
空っぽの岸壁。
止まった荷車。
人気のない倉庫。
「港とは、建物のことではない」
低い声。
「人が集まり、物が流れ、信用が循環して初めて港になる」
ヴィリバルトの頬が引き攣る。
「貴様……」
「失礼」
船長は一礼した。
「もう一度言おう。我々は“ベルンシュタイン家”と取引したいのではない」
一瞬の沈黙。
「マクシミリアン・ベルンシュタインと取引したいのだ」
船長は立ち去っていく。
その姿を見送ったヴィリバルト。
ぎり、と拳を握った。
そして。
家臣に命じた。
「あの船を沈めろ。今すぐだ」
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執務室。
扉が静かに開く。
「失礼します」
入ってきたのは、マクシミリアン・ベルンシュタインだった。
相変わらず整った身なり。
相変わらず穏やかな笑み。
だが、その手には一枚の書類があった。
「ジュリア嬢。面白いものが届きました」
「嫌な予感しかしませんね」
ジュリアはペンを置く。
マクシミリアンは、にこりとしたまま報告書を差し出した。
ジュリアは受け取る。
視線が文章を追った。
『帝国登録商船への攻撃行為を確認した』
『これは帝国海上交易法および港湾不可侵協定への重大な違反である』
『よってカルヴェイン領との交易を無期限停止する』
『また、今後カルヴェイン領発行の信用証書・積荷保証・為替証文について、帝国商会は一切の保証を拒否する』
数秒。
ジュリアが、顔を上げた。
「カルヴェイン領?」
「ああ。旧ベルンシュタイン領ですね」
さらり、とマクシミリアンが言う。
ジュリアは少しだけ目を細めた。
「……完全に切りましたか」
「ええ」
マクシミリアンは窓際へ歩く。
王都の街並み。遠く、物流塔。
新設された通信中継塔。
「帝国商会は、港を見ているのではありません」
静かな声。
「人を見ている」
ジュリアは黙って聞いていた。
「信用」
「流通」
「情報」
「継続性」
「それらを回せる者がいる場所を、“港”と呼ぶのです」
マクシミリアンが、肩越しに振り返る。
「ヴィリバルトには、それが最後まで理解できなかった」
「だから帝国商船を襲った」
「ええ」
ほんの少しだけ、マクシミリアンの笑みが冷えた。
「商人を敵に回すという意味も理解せずに」
ジュリアは書類を机へ置いた。
「ヴィリバルトは終わりましたね」
「まあ」
マクシミリアンは軽く肩を竦める。
「私が何かするまでもなく、自然に崩れるでしょう」
「どうするつもりです?」
「さて」
穏やかな顔。
「私は別に、領地など無くとも困りませんから」
ジュリアが、じっと彼を見る。
「……怖い男ですね」
その言葉に、マクシミリアンは少しだけ目を丸くした。
そして、苦笑する。
「私にしてみれば、あなたの方がよほど怖い」
「そうですか?」
「そうですよ」
即答だった。
「黒龍を落とし」
「新政府を成立させ」
「通信網を張り巡らせ」
「帝国すら動かした」
マクシミリアンは、静かに笑う。
「しかも本人に、その自覚がない」
ジュリアは、露骨に嫌そうな顔をした。
「またそれですか」
「ええ。そこが一番怖いんです」
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その後、カルヴェイン家からは、次々と人が離れていった。
やがて。
ベルンシュタイン家に恩義を持っていた旧臣達も、静かに去っていった。
最後まで残っていた者たちだった。
先代に拾われた者。
港を共に育てた者。
マクシミリアンを幼い頃から知る者。
だが。
ヴィリバルトは、最後まで理解しなかった。
「何故だ」
「何故、人が離れる」
怒鳴り声だけが、空虚な屋敷へ響く。
答える者は、もう居ない。
街は静かだった。
荷車は止まり。
市場は閉じ。
波止場には風だけが吹く。
かつて王国有数の交易港だった場所。
そこに残ったのは。
空っぽの港と。
人の消えた街と。
広すぎる領地だけだった。




