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新政府お披露目

 王都。旧議事堂。


 雪混じりの曇天。

 重苦しい冬空の下、王都中の視線が、この建物へ集まっていた。


 貴族。

 騎士。

 商会。

 聖堂関係者。

 地方使節。


 廊下も、傍聴席も、入口広場でさえ、人で埋まっている。


 ざわつきが止まらない。


「本当に来るのか?」

「ランカスター辺境伯が?」

「いや、それより……」

「黒龍を倒したという……」


 その言葉だけで、空気が変わった。


 ――黒龍。


 神話の災厄。

 人類が勝てるなど、誰も思っていなかった存在。

 それを倒した。


 しかも。


 ランカスター。

 ファルケンリート。

 ヴァランタン。

 ヴァルロア。

 アークライト。

 エルシェヴァルト。

 グランヴァルド。

 ベルンシュタイン。


 武力。

 正統性。

 政治。

 物流。

 通信。


 国家を構成する主要要素、その大半が集結している。


 もはや誰の目にも明らかだった。


 ――実質、新政権だ。


 王都民たちも、

 最初は半信半疑だった。


 だが。


「北方砦の英雄」

「黒龍討伐」

「帝国技術を奪った」

「魔族を撃退した」

「新型通信機を開発した」

「空飛ぶ魔導兵器を運用した」


 噂は尾ひれをつけながら、

 凄まじい勢いで広がっていった。


 今やジュリア・アークライトの名は、

 王都の子供ですら知っている。


 曰く。


「白銀の英雄」

「龍殺し」

「北方の魔女」

「帝国すら恐れる天才」


 半分ほど事実で、半分ほど誇張だった。


 だが問題は、誰もその境界を分からなくなっていることだった。


 旧議事堂。

 本来ならば、貴族たちの権威と格式を象徴する場所。


 しかし今日だけは違う。

 待っているのは政治家ではない。

 神話へ片足を突っ込んだ怪物たちだ。


 重厚な扉の前。


 衛兵たちですら、どこか緊張していた。


 そして。


 ギィィ――。


 議事堂の大扉が、ゆっくりと開いた。


 最初に入ってきたのは、アルトゥール・ランカスター。

 巨大な体。戦場帰りのような圧力。

 それだけで空気が一段沈む。


 続いて、エルチェ・ファルケンリート。

 鋭い視線。獣のような気配。


 その後ろ。


 ランベール・ヴァランタン。

 ホドフリート・ヴァルロア。

 ヨアヒム・エルシェヴァルト。

 フィリベール・アークライト。


 名だたる諸侯たちが並ぶ。


 ざわめきが広がる。


「本気だ……」

「この面子は……」


 そして最後に。


 白銀の髪。

 蒼い瞳。


 まだ十五歳の少女。

 ジュリア・アークライトが、静かに議事堂へ足を踏み入れた。


 瞬間。空気が、変わった。


 視線が集中する。


 英雄を見る目。

 怪物を見る目。

 救世主を見る目。

 あるいは、新たな時代そのものを見る目。


 だが、当の本人だけは。


(帰りたい……)


 本気でそう思っていた。


 ◇


 壇上。

 ランベール・ヴァランタンが、静かに前へ出る。


 そして。


「本日をもって――」


 旧議事堂を見渡した。


「我々は、新たな統治体制への移行を宣言する」


 ざわめき。


 緊張。


 沈黙。


 その中で、ランベールは静かに告げた。


「新政府、“アストライア新連邦”の樹立を、ここに発表する」


 その瞬間。

 王都中へ、驚愕と熱狂が、一斉に広がっていった。


---------------------


 一方。


 王都。

 マントノン公爵邸。


 重厚な執務室には、張り詰めた沈黙が満ちていた。

 暖炉の火だけが揺れている。


 その中央。


 ヴァレリアン・マントノンは、机へ広げられた報告書を見下ろしていた。

 手が震えている。


 報告書の表題。

 ――アストライア新連邦樹立宣言。


 夜会で見せた、令嬢たちを悩ませた端正な顔。

 だが。今の彼に、あの時の余裕はなかった。


 ぴくり。

 こめかみが痙攣した。


「……ふざけるな」


 低い声。


 次の瞬間。


 ドンッ!!!


 拳が、重厚な机へ叩きつけられた。


 茶器が跳ねる。

 インク壺が揺れる。


「何が、“新政府”だ!!!」


 怒声。


 側近たちが、一斉に息を呑む。


 ヴァレリアンは、報告書を掴み上げた。


「ランカスター!ヴァランタン!ヴァルロア!エルシェヴァルト!!」


 紙が握り潰される。


「寄せ集めではないか!!」


 だが、叫びながら、ヴァレリアン自身も理解していた。


 違う。


 寄せ集めではない。

 あれは既に“国家”だ。


 軍。

 物流。

 通信。

 正統性。

 技術。


 国家運営に必要なものが、全て揃っている。

 そして何より、民衆が、期待している。

 ヴァレリアンの顔が、怒りで歪んだ。


「腑抜けの魔族どもめ……!!」


 吐き捨てる。


「何が黒龍だ!!何が神話の厄災だ!!」


 本来ならば、北方戦線は消耗戦となり、諸侯は疲弊し、王都への求心力が高まるはずだった。

 その隙に、中央権力を掌握する。

 それが、ヴァレリアンの描いていた筋書きだった。


 だが現実は、黒龍は討たれた。

 しかも、よりにもよって。


「最悪のタイミングで……」


 ヴァレリアンの声が、低く沈む。


「ジュリア・アークライトに、花を持たせよって……!!」


 ぎり、と歯が鳴った。


 十五歳の少女。

 だが今や、王都では誰もがその名を口にする。

 龍殺し。北方の英雄。白銀の魔女。

 そして。新時代の旗印。


 ヴァレリアンは、ゆっくりと拳を握り締めた。


 理解していた。これは単なる政争ではない。時代そのものが、自分から離れ始めている。

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