現実逃避
自室。
扉が閉まった瞬間。
すたすたすた。
無言。
髪飾りを引っこ抜く。
上着を脱ぎ捨てる。
剣を壁へ立てかける。
そして。
ぼふん。
ベッドへ顔から突っ込む。
数秒。
動かない。
完全停止。
「………………」
枕へ顔を埋めたまま、くぐもった声。
「なんなんですかあれ……だいの大人が、雁首揃えて、寄ってたかって。最初からチェックメイトじゃないですか。ズルすぎます」
死んだ目。
黒龍討伐より疲れている。
コンコン。
「ジュリア? 入るわよ?」
ミシュリーヌの声。
「だめです」
「え?」
「今日はもう誰とも喋りたくありません……」
ベッドへ沈みながら呻く。
「女王?」
「求婚?」
「新政府?」
「連邦制?」
もぞ、と枕へ顔を擦り付ける。
「知らないです……」
完全に現実逃避だった。
だが、ミシュリーヌは少しだけ首を傾げる。
「でもジュリア、昔からそういうの集めるよね」
「集めてません」
「気づいたら人が増えてる」
「不本意です」
「みんなジュリアのこと好きだよ?」
「やめてください怖いです」
本気だった。
「今度は赤龍とか来ないかな。じっくり炙り焼きにしてやるのに」
「それやると、今度こそ女王にされちゃうよ? あと普通の人間は龍倒すほうが難しいからね?」
「魔法無効化できるミリーでも倒せますよ!!!」
「え? 倒せるの?」
ミシュリーヌは、きょとんと瞬きをした。
「倒せますよ!!」
ジュリアが、がばっと起き上がる。
「ミリーの世界干渉、龍種に取って相性最悪ですからね!? 鱗の魔力偏向とか関係なく、術式ごと無効化できますし!!」
「そうなの?」
「そうです!!」
さっきまで死んでいたとは思えない勢いだった。
「そもそも龍種は“現象の塊”です。だから逆に、ミリーみたいな“結果へ直接触るタイプ”とは噛み合いが悪いんですよ」
「へえ……」
ミシュリーヌは少し考える。
「じゃあ、黒龍も倒せた?」
「時間をかければ」
「ふーん」
「というか、ミリーはもっと自分の危険性を理解してください」
「危険?」
「世界を書き換える人間が危険じゃなかったら何なんですか」
「ジュリアも大概だと思う」
「私は普通です」
「普通の人は龍の口の中に入らないよ?」
「効率的だったんです」
「普通の人はそこを効率化しない」
ジュリアがむぐ、と詰まる。
ミシュリーヌは、くすっと笑った。
それから、ベッド脇へ腰掛ける。
「でも」
「?」
「ジュリア、ほんとに嫌なんだね。女王」
「嫌です」
即答。
「なんで?」
ジュリアは再びベッドへ倒れ込む。
「面倒だからです……」
心底うんざりした声。
「国家運営なんて、補給と調整と責任の塊じゃないですか」
「まあ、うん」
「絶対に胃が死にます」
「もう死にかけてるけどね」
「父上とお兄様を見てください。あれが未来ですよ」
ミシュリーヌは少しだけ想像した。
書類の山に埋もれる、女王ジュリア。
手には、剣の代わりに玉璽。
書類へ、神速で判が押されていく。
「……似合う」
「やめてください」
本気で嫌そうだった。
しばらく沈黙。
そして。
ミシュリーヌが、ぽつりと言う。
「でも、みんなジュリアがいると安心するんだと思う」
ジュリアは枕へ顔を埋めたまま動かなかった。
「黒龍の時も」
「……はあ」
「みんな、“ジュリアなら大丈夫”って顔してた」
「……気のせいです」
「気のせいじゃないよ」
静かな声だった。
「だから、人が集まるんだと思う」
ジュリアはしばらく黙っていた。
やがて、枕へ顔を押し付けたまま、小さく呟く。
「……集まりすぎです」
ミシュリーヌは吹き出した。
「ふふっ。人誑しだもんね」
「笑い事じゃありません」
「でも」
ミシュリーヌは、少しだけ嬉しそうに笑う。
「わたしは、そういうジュリア、好きだよ?」
数秒。
ベッドへ顔を埋めたまま、ジュリアの耳だけが、ほんの少し赤くなった。




