新時代
ギルベルト・ノイエンブルクは、王国内で広がり始めた“新技術”というものが、たまらなく好きだった。
平民でも扱える量産兵器。
馬より使い魔より速く情報を運ぶ、新型の逓信技術。
そして。空を飛ぶ、無人の魔導兵器。
どれもこれも、これまでの常識を壊していく。
古い貴族たちは顔を顰めるが、ギルベルトには理解できなかった。
なぜ怯える?面白いじゃないか、と。
その中心にいる名前。
――ジュリア・アークライト。
聞けば、エリュシオン学園時代には、帝国にさえ技術理論を流したという。
普通なら売国奴だの何だの騒がれる話だ。
だがギルベルトは、そこに妙な納得を覚えていた。
(ああいう奴は、国単位で物事を考えてねえ)
技術そのものを見ている。
もっと先。もっと大きな、時代そのものを。
机の上へ視線を落とす。
そこに置かれていたのは、北方砦から回収された残骸だった。
帝国製。自律型飛行魔導兵器。翼は半分焼け落ち、外殻もひしゃげ、内部術式は黒焦げになっている。
もう飛べない。
だが、ギルベルトはそれを、美しいと思った。
黒龍へ挑み、空を飛び、命令通り戦い続けた機械。
人間でも魔族でもない兵器。
そして何より。“騎士である必要がない”。
そこが良かった。
ギルベルトは椅子へ深く座り直す。
窓の外では、エルシェヴァルト伯爵の勝利を祝う民衆の歓声が続いていた。
ディルクハイムを破った。
武名は上がる。
領地も増える。
だが。
(その程度で、何になる)
北方では、黒龍が墜ちた。
神話級の化け物を、ジュリア・アークライトと、ジェラルド・ランカスターが討った。
もう、一地方貴族の武勇談では追いつけない。時代そのものが変わり始めている。
しかも厄介なことに、その二人は、王になろうとしていない。なれるはずだ。
武力だけなら、今すぐ王都を落とせる。貴族も軍も、止められない。
それなのに。彼らは、玉座へ興味を示さない。
ギルベルトは、少しだけ笑った。
「王なんて」
ぽつりと呟く。
「なりたいやつがなればいい、ってことだろ」
その感覚は、少しだけ理解できた。
力を持っているから王になる。
そんな時代は、たぶんもう終わる。
だったら必要なのは、国そのものの形を変えることだ。
逓信。流通。兵器。情報。
それらを繋げば、王が居なくても国家は回る。
いや。
むしろ、王が居るから遅れるのかもしれない。
ギルベルトは引き出しを開けた。
便箋を取り出す。
ペンを持つ。
インクの先が、紙へ触れる直前。
彼は少しだけ口元を歪めた。
「話してみてえな」
ジュリア・アークライト。
黒龍を墜とした怪物。そして、この時代を壊し始めた女と。
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ジュリアは、アークライト家本邸の大会議室へ呼び出された。
嫌な予感しかしなかった。
扉の前へ立った瞬間から、本能が「帰れ」と告げている。
だが。
逃げ道はなかった。
扉を開け、室内を一目見た瞬間。
(帰りたい)
心底そう思った。
反射的に回れ右しようとした、その瞬間。
背後で。
――カチャ。
実に滑らかな動作で、家令が扉を閉めた。
しかも笑顔だった。
逃がさない気満々である。
「なぜ、うちが王国議会みたいになってるのですか……」
ジュリアは本気で嫌そうな顔をした。
会議室の空気は、既に重い。
いや。
重鎮しかいない。
「通信機があるから、一番情報が早いだろう?」
当然のように言ったのは、ランベール・ヴァランタン公爵だった。
優雅に椅子へ腰掛け、書類をめくっている。
その隣では。
「遅いわよ、ジュリアさん」
紅茶を片手に、エウラーリア・アストライア・ヴァランタン夫人が微笑んでいた。
元王女。“氷の微笑”。社交界では、扇子一つで相手の政治生命を絶つと言われる怪物。
ジュリアは視線を逸らした。
怖い。
「彼女がジュリア嬢かね?」
穏やかな声。保守派貴族の重鎮。
ホドフリート・ヴァルロア侯爵が、興味深そうにジュリアを見ていた。
王国でも数少ない、本物の“古い大貴族”。
だが同時に、ランベールの古い政友でもある。
「先日ぶりだな」
低い声。
アルトゥール・ランカスター辺境伯が腕を組んでいた。
ジェラルドの父。武人。実直。そして脳筋寄り。
「よう、嬢ちゃん」
片手を上げる。
エルチェ・ファルケンリート男爵。
北方の戦鬼。
雪山に居る方が似合う男が、なぜか王国中枢会議へ座っていた。
「久しぶりだね。ジュリア嬢」
柔らかく笑ったのは、マクシミリアン・ベルンシュタイン。
以前より少し痩せていた。
家を乗っ取られ、それでもなお踏み留まっている男の顔だった。
そして。
一番死にそうな顔をしていたのが。
フィリベール・アークライト。
ジュリアの父である。
その隣では、兄のエドワードまで胃痛顔になっていた。
ジュリアは理解した。
(ああ…。これはもう駄目です)
ジュリアは、もはや蛇に睨まれた蛙だった。これは完全に、国家案件だ。




