武名とは
雪混じりの平原。
灰色の空の下、ディルクハイム騎士団の騎兵が、雪泥を蹴散らしながらエルシェヴァルト家本陣へ疾駆していた。
「突撃ィィィ!!」
角笛。軍旗。重騎兵。
鉄と馬蹄の奔流。
古き貴族の戦争。正面から叩き潰す、伝統的騎士軍。
その威容は、確かに恐ろしかった。
だが。丘の上。雪を被った林の奥。
そこに潜む男だけは、まるで興味を示していなかった。
「まだ距離あるな」
ギルベルト・ノイエンブルクが、頬杖をついたまま呟く。
隣で、マティアス・マストハインが騎兵列を観察していた。
「そうだな。もう少し引きつける」
「りょーかい」
気の抜けた返事。
ギルベルトは振り返る。
そこには、黒い長筒を抱えた兵たちが横一列に並んでいた。
魔力装填式長筒。
北方砦周辺で流れ始めた、新型兵器。魔術師でなくとも扱える。平民でも使える。訓練次第で、騎士を殺せる武器。
「やっと三百丁かき集めた」
ギルベルトが肩を竦める。
「多くはねえ。だが――」
騎兵の振動が近づく。地面が細かく揺れ始めた。
「少なくもない」
マティアスが、小さく頷いた。
雪煙。怒号。迫る鉄騎。
そして。
「そろそろだな」
「やるか」
ぱちん。
ギルベルトが指を鳴らした。
瞬間。
長筒兵たちが、一斉に前へ出る。
無駄がない。静かだ。
まるで工場の歯車みたいに整然としている。
騎士団とは、あまりにも違う。
「撃て」
ドドドドドォォォォン!!
閃光。轟音。空気が、揺れる。
圧縮された魔力弾が空気を裂き、真正面から騎兵列へ突き刺さる。
先頭列が、消えた。
馬ごと。鎧ごと。人間ごと。
雪原へ、肉片と鉄片が吹き飛ぶ。
「な――」
ディルクハイム側の騎士が、絶句した。
轟音は、一度では終わらない。
ドドドドドォン!!
ドドドドォォン!!
連続する魔力炸裂音。
硝煙ではない。焼けた魔力の臭いが、冬風へ混じって流れていく。
「馬鹿な!!」
老騎士が叫ぶ。
「障壁を貫いた!?」
騎士用防御術式。魔術補強済みの重鎧。加護刻印。
その全てが、まとめて吹き飛ばされていた。
「怯むなァ!!」
後続騎兵が怒鳴る。
「突っ込め!!止まるな!!」
だが、もう遅い。
騎兵は、一度勢いに乗れば止まれない。
後列は前が見えない。止まれば後ろから轢き潰される。
結果、死地へ向かって、自ら突撃し続ける。
丘の上。ギルベルトは、その様子を見ながら、退屈そうに呟いた。
「へぇ。思ったより威力出るな」
「感想が軽いんだよ、お前は」
マティアスが呆れた顔をする。
「いや、でも見ろよ」
ギルベルトが顎で前方を示した。
「もう止まれなくなってる」
騎兵列は崩れ始めていた。
転倒した馬。押し潰される騎士。悲鳴。怒号。雪へ転がる軍旗。
そこへ。
「第二列」
ギルベルトが軽く手を振る。
後方の長筒兵が、静かに前へ出た。
北方砦式。撃った列が下がり、次列が出る。
装填。照準。同期。
機械的なほど正確だった。
「撃て」
ドドドドドォォォォォン!!
再び、騎兵列が吹き飛ぶ。
馬体が宙を舞う。鎧が砕ける。人間が雪原へ叩きつけられる。
隊列が、目に見えて崩壊していく。
「こんな……」
ディルクハイム側の老騎士が、震える声を漏らした。
「平民風情が……騎士を……」
その言葉を聞いて、ギルベルトは初めて、少しだけ笑った。
「逆だろ」
立ち上がる。冬風が外套を揺らした。
その瞳には、もはや騎士への敬意は無かった。
「騎士様が、平民に殺される時代になったんだよ」
マティアスだけが、わずかに顔をしかめる。
「……ギル」
「あ?」
「それ、口に出すな」
「なんで?」
「貴族が聞いたら卒倒する」
ギルベルトは、崩れ落ちていく騎士団を見下ろしながら鼻で笑った。
「もうしてるだろ」
丘の下。伝統的騎士団が、量産兵器によって崩壊していく。
それは単なる戦術的敗北ではなかった。
騎士。貴族。武勇。血統。
その全てが、雪原の中で、音を立てて時代遅れになり始めていた。
◇
「お館様!!戻りました!」
陣幕が開く。
「ああ。よくやってくれた」
ヨアヒム・エルシェヴァルト伯爵は、二人を見ると、どこか父親のような柔らかな笑みを浮かべた。
「ギルベルト。マティアス」
ギルベルトが肩を竦める。
「もう終わりっすよ。ディルクハイムの主力は消えた」
「残ってるのは徴集農兵ばっかだな」
マティアスも続ける。
「長くは保ちません」
「そうか」
ヨアヒムは静かに頷いた。
戦場の外では、既に勝鬨が上がり始めている。
「これでエルシェヴァルトの武名も広まりますね」
マティアスが言う。
だが、ヨアヒムは、ゆっくりと遠い空を見上げた。
「……いや」
低い声。
「北方砦で、黒龍が討たれたと聞いた」
空気が変わる。ギルベルトも、僅かに目を細めた。
「神話級の偉業じゃ」
ヨアヒムが静かに言う。
「こんな地方の戦など、霞むほどにな」
戦場では、なおも歓声が響いている。
だが、その勝利の音すら。既に次の時代の足音へ、呑み込まれ始めていた。




