終戦
黒龍が墜ちた。雪原を揺らす轟音。吹き荒れる衝撃波。
そして。崩れた魔族軍の隊列。
最初に動いたのは、一人の槍兵だった。
「……押してる」
呆然と呟く。
目の前では、オーガが後退っていた。
魔族が。あの魔族が、怯えている。
槍兵の喉が、ごくりと鳴る。
「……勝てる」
その瞬間。
「前へ出ろォォォ!!」
砦側の指揮官が絶叫した。
「今だ!! 魔族共を押し返せ!!」
兵士達の顔色が変わる。
恐怖で固まっていた足が、前へ出る。
「うおおおおおおッ!!」
雪原へ、人類側の怒号が響いた。
盾兵が前へ出る。槍が並ぶ。後方から魔術支援。
崩れ始めた魔族軍へ、今度は人類側が雪崩れ込んだ。
砦中へ歓声が広がっていく。
「勝ったぞ!!」
「黒龍が落ちた!!」
兵士達の怒号。
雪原では、崩れた魔族軍への掃討戦が始まっていた。
だが、ジュリアだけは、静かに空を見ていた。
「……おかしい」
ぽつり、と。
ジェラルドが眉をひそめる。
「あ?」
「戦力です」
蒼い瞳が、崩れた魔族軍を見渡す。
「これだけの侵攻にしては、弱すぎる」
「黒龍いたじゃねえか」
「だからです」
即答。
「あれほどの存在を出しておきながら、周囲の構成が噛み合っていません」
オーガ。
インプ。
サイクロプス。
確かに脅威ではある。
だが。
「本当の大侵攻なら」
ジュリアの声音が、わずかに低くなる。
「黒龍級には複数の高位魔族護衛が付いてもおかしくありません」
「……」
「空域制圧型」
「広域呪詛型」
「指揮統制型」
「最低でも三系統で編成されていた」
ジェラルドの顔から、笑みが少し消える。
「じゃあ、今回のは」
「陽動です」
ジュリアは断言した。
「しかも、かなり大規模な」
その瞬間。
ジュリアの脳裏に、一人の少女が浮かぶ。
青髪。
赤い瞳。
(セシリア)
嫌な感覚が、背筋を走った。
ジュリアは即座に、腰の通信魔術具へ手を伸ばす。
「リィン、応答してください」
沈黙。
吹雪の音だけが響く。
ジュリアの瞳が、初めてわずかに細められた。
「……リィン?」
『ジュリア様!?ご無事ですか!?』
ジュリアの表情が、少しだけ緩んだ。
「こっちは無事よ。そちらは?」
『魔族二人、聖堂関係者二人が夜襲してきました』
「え?」
ジュリアが、固まった。
「……倒した?」
『はい!』
通信越しでも分かる。
リィンの尻尾、絶対振ってる。
ジュリアが、ゆっくりと目を閉じる。
ほんの少しだけ肩の力が抜けていた。
「セシリアは?」
『無事です!』
「ミシュリーヌは?」
『なんか世界を止めてました!』
「……そうですか」
頭痛がした。
遠くでは、砦の兵士達がまだ勝鬨を上げている。
『無事に倒しました。褒めて下さい!』
「リィン」
『はい!』
「よく守りました」
一瞬。
通信越しで、ぴたり、と空気が止まる。
次の瞬間。
『……えへへ』
耳が寝る音が、聞こえた気がした。
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アークライト邸。研究棟。
ミシュリーヌは昨夜の出来事を思い返していた。
セシリアのあの力。
自分の力に似ているが全く別系統の力。
ミシュリーヌはエリュシオン学園退学後。
毎日密かに周囲に魔力がバレないための練習をした。
黒い魔力。あの後悔を二度と繰り返さないために。
そして、ある日気づいた。
魔力って要る?という事に。
魔術とは、世界に現象を及ぼすために、自分の魔力を使って干渉させる力だ。
しかし、魔術の結果。つまり"現象"だけを見つめた時。
現象そのものを抽出して"起こせば"どうなるの?という問いが生まれた。
試してみた。そしたら、なんか出来た。
それ以来、ミシュリーヌは魔術という概念を捨てた。
結果のみを具現化する、"周囲にバレない"力。
ジュリアが提唱する魔術理論の根底であり、ならばそれこそが究極である。
ミシュリーヌがドヤ顔でジュリアにこの力ことを教えてみたが、『理解できません』と一蹴されてしまった。
どうやら、これは、私にしか使えないようだ。
しかし、昨日のセシリアの力。あれは何なのだろうか?
ミシュリーヌは首を振った。分からない。
あれは、自分の力とは違う。私は"現象"へ直接触れている。
だが、セシリアは違う。もっと根本的な何か。
世界そのものが、彼女の“願い”へ応じているような。
理屈でも法則でもない。
あれは、
「……祈り?」
ぽつり、と零れる。
自分で言って、意味が分からなかった。
だからミシュリーヌは、考えるのをやめた。
分からないものを、無理に理解しようとするとロクなことにならない。
それはもう、昔に学んでいる。
だから。
「……私はまだ、普通」
ミシュリーヌは、少し安心したように呟いた。




