人vs龍
ジュリアの白銀の剣が、黒龍へ走る。
狙いは一点。翼の付け根。
黒く重なった竜鱗、その僅かな継ぎ目。
――ギィィィィン!!
火花。
金属が悲鳴を上げるような高音。
(硬い……!)
腕へ痺れが走る。
(……でも、揺らいだ)
黒龍の膨大な魔力循環、その一点だけが乱れた。
次の瞬間。
ヴオォォォォォッ!!!
放たれた黒炎の奔流が、僅かに軌道を逸らす。
本来なら砦を消し飛ばしていたはずのブレスが、雪原へ着弾した。
ドゴォォォォン!!
黒い爆炎。
巻き込まれたオークとトロールが、一瞬で蒸発する。
ジュリアはそのまま急降下した。
吹雪を裂き、地表すれすれを滑空する。
指先が僅かに動く。
ひらり。
ジュリアが雪原へ着地する。
蒼銀の髪が、ふわりと揺れた。
そこへ、ジェラルドが駆け寄ってくる。
「あいつ、めんどくせぇな」
「ええ」
ジュリアも珍しく即答した。
「あの鱗。物理防御だけではありません。魔力そのものを弾いています」
「じゃあ力づくで剥がすか?」
「あなた本当に脳筋ですね」
「お前が細かいんだよ」
その時だった。
空。
黒龍よりさらに上空。
吹雪の雲海が、ゆっくり割れた。
巨大な影。
漆黒の船体。
砲塔。
魔導機関。
複数の浮遊翼。
雪雲の合間から、一瞬だけ金の紋章が覗く。
翼を広げた獅子。
魔導帝国ゼノビア。
その最新鋭軍用飛空艇だった。
「……は?」
ジェラルドが眉を顰める。
一方、ジュリアの顔色が変わった。
「なぜ来たのですか……!」
思わず声が漏れる。
「自殺行為です」
その瞬間。
黒龍が、ゆっくりと首を持ち上げた。
黄金の瞳が、飛空艇を捉える。
口腔の奥。黒い光が膨張していく。
ブゥゥゥゥン……
低い羽音。最初は一つ。
だが違う。増える。
空気そのものが震え始める。
吹雪の中。
無数の黒い影が、黒龍の周囲へ集まっていた。
蜂。いや、違う。
金属。羽を持つ、小型の魔導機械。
何百。何千。
空そのものが、黒い群れで埋まり始める。
「……まさか」
ジュリアの瞳が、空を埋める黒い群れを映す。
「自律型飛行魔導兵器……!?」
ブゥゥゥゥン――。
耳障りな羽音。
黒龍の周囲を、無数の小型飛行機構が旋回していた。
蜂の群れのように。
だがその一機一機に、淡い魔導光が脈動している。
次の瞬間。
黒龍が、鬱陶しそうに巨体を捩った。
暴風。
翼が振るわれるだけで、何十機もの魔導兵器が吹き飛ばされる。
空中で砕け、燃え、雪原へ墜落していく。
だが。落ちながら。それでもなお。魔導兵器たちは黒龍へ照準を固定していた。
カッ。機体側面へ、幾重もの魔術陣が展開される。
直後。
ドドドドドドドドッ!!
断続する轟音。
光弾。
雷槍。
圧縮熱線。
数百の術式が、一斉に黒龍の顔面へ叩き込まれた。
ヴオォォォォォォッ!!!
黒龍の咆哮。
口腔内部で起動しかけていた黒炎が誘爆する。
爆炎が牙の隙間から吹き出した。
兵士たちが、呆然と空を見上げる。
「龍の……ブレスを……止めた……?」
誰かが震える声で呟いた。
ジュリアは冷静に戦況を観察していた。
「面白い戦い方をしますね」
「あんなので勝てるのか?」
ジェラルドが大剣を肩へ担ぐ。
「単独撃破は不可能でしょう」
ジュリアは即答した。
「ですが、注意を逸らし、魔力循環を乱すことはできている」
黒龍の巨体を見上げながら、静かに続ける。
「十分です」
そして、ジュリアの蒼い瞳が、再び地上へ向いた。
雪原。
混乱した魔族軍勢。
動きの止まったオーガ。
飛空艇へ意識を奪われたインプ部隊。
――隙だらけだった。
「しばらく任せましょう」
白銀の剣が、静かに持ち上がる。
「こちらは地上を掃除します」
ジェラルドが獰猛に笑った。
「おう」
次の瞬間。
二人が同時に駆けた。




