絶望の雪原
北方砦。吹雪。
白銀の城壁の上で、兵士達の顔は青ざめていた。
遠く。
雪原を埋め尽くす黒。
オーク。オーガ。サイクロプス。トロール。
それだけではない。
空。巨大な黒龍が、翼を広げたまま滞空している。
空気が震えていた。
「……勝てるわけがねえ……」
若い兵士が呟く。
その瞬間。
砦の上を、何かが通り過ぎた。
轟ッ!!
石畳が砕ける。
白銀の閃光。
「――前衛左翼、私が開けます」
ジュリアだった。
前に差し出された手。指が、僅かに動く。
前線が、弾け飛んだ。
「へへっ、じゃあ、右は俺に任せろ!!」
城壁から、ジェラルドがひょい、と飛び降りた。
周囲の兵士たちが目を見開いた。
普通なら自殺。
だが。
着地と同時に、雪原が爆発した。
オーガが二体、衝撃だけで吹き飛ぶ。
「邪魔だァ!!」
大剣が振られる。
ゴォッ!!
魔族の隊列そのものが、一直線に消し飛んだ。
後方で、インプ達の術式が起動する。
炎弾。
氷槍。
雷撃。
だが。
「遅ぇ」
ジェラルドが踏み込む。
振るわれた剣が、魔術陣ごと両断した。
術式が、途中で霧散する。
「ジュリアのならもっと速え」
魔族側が初めて動揺した。
「術式を……斬った……?」
後方の伯爵級魔族が、目を見開いた。
「は……?」
人間の剣が、魔術発動前の“式”へ到達している。そんなもの、上位魔族ですら理解不可能だった。
「ジェド。相変わらず滅茶苦茶ですねえ……」
ジュリアはちらり、とジェラルドを一瞥して言う。
「しかし……」
空を見上げる。
「あれは、厄介です」
その刹那――。
ヴオォォォォォ!!!
空気を、大地を、圧倒的な魔力を伴った咆哮が響き渡った。
瞬間、ある者は膝をつき、ある者は震え上がり、また目を剥いて倒れた。
「無理だ」
「倒せるとか、そう言う存在じゃ、無いだろ」
兵士たちは一斉に、逃げ腰になった。
だが、ジェラルドは全く気にしなかった。
「デカいだけだろ」
近くに居たトロールに駆け寄ると、それを踏み台にして、跳んだ。
トロールが爆ぜる。
空中、大剣を一閃。
斬撃が、吹雪を切り裂いた。
ドオオオオオォォォン!!!
黒龍が僅かに傾く。
「……は?」
砦の兵士が、呆然と空を見上げた。
黒龍が、押された。
人間の斬撃で。
神話の災厄が、
ほんの僅かでも、
体勢を崩した。
黒龍の黄金眼が、初めて細められた。
ジェラルドを見る。“脅威”として。
「お」
ジェラルドが笑う。
「効いてんじゃねぇか」
「ジェド。来ます!!避けてください!!!」
ジュリアの声。
次の瞬間。
黒龍の口腔が黒く発光した。
ブレス。
だが。
ジュリアはもう黒龍の口を見ていない。
サファイアの目を細める。視線は。右翼。付け根。鱗の一部。
魔力流が、ほんの僅かに乱れている。
(見つけた)
ジュリアが踏み込む。
〈身体強化〉。関節解放。<瞬間加速>。
砦の石壁が、衝撃で砕けた。
「な――」
伯爵級魔族が、顔色を変える。速い。人間の速度ではない。
そして。
ジュリアの剣が、黒龍の鱗、その“一点”へ突き刺さった。




