表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
60/159

予兆

 北方砦。

 白銀の地平線の向こうで、雪煙がゆっくりと立ち上がり始めていた。


「魔族だ!! 例年より早いぞ!!」


 警鐘が鳴る。


 狼煙が次々と上がり、雪原を巡回していた騎兵たちが一斉に砦へ駆け戻っていく。


 だが。


「……おかしい」

 砦の兵士が、思わず呟いた。


 整いすぎていた。


 吹雪の中を進む人型魔族たちの隊列は、まるで訓練された軍隊のように乱れがない。


 いつもの獣の群れではない。

 統率された“軍”だった。


 そして。


 遥か後方。

 吹雪の夜空に、巨大な影が現れた。


 黒龍。


 神話でしか語られなかった、古代戦争級の災厄。

 その巨体だけが、夜空そのもののように黒かった。


-------------------


 同時刻。

 王国内では、不可解な誘拐と暗殺が続発していた。


 狙われるのは決まって、

 青い髪。

 赤い瞳。

 十代半ばの少女。


 特徴は、失踪した準聖女セシリアと酷似している。


 そして。

 アークライト邸。


 ジュリアは、ランカスター辺境伯から届いた報告書を静かに読んでいた。


『北方砦にて龍種確認』

『人型魔族による統率行動あり』

『現在、接触を維持』


 紙を持つ指先が、わずかに止まる。


(違う)


 胸の奥で、嫌な感覚が広がっていく。


(これはまだ“大侵攻”じゃない)


 前世で見た、国境が崩れ、通信が途絶え、都市が孤立し、人々が互いを疑い始めた。

 あの滅びの前兆。

 世界が壊れる時は、いつも静かに始まる。


 そして今。

 内乱。暗殺。北方異変。

 滅びの“空気”だけが、先に揃い始めていた。


(なのに、近い……!)


 ジュリアが勢いよく立ち上がる。


「馬車を出してください!!」


--------------------


 夜。

 アークライト邸。

 屋敷全体を流れる空気が、妙に静かだった。


 それに最初に違和感を抱いたのは、

 リィンだった。


「……おかしい」


 獣耳がぴくりと震える。


 空気が静かすぎる。


 違う。

 これは、“均されている”。

 ジュリアから命じられていた。


『何かあれば、セシリアを守ってください』

 リィンは即座に走った。


 客室。

 そこには既に、ルカが鎧を纏い終えて立っていた。


「嫌な気配だ」


「ええ」


 短い返答。


 セシリアもまた、怯えるように窓の外を見つめている。

 屋敷全体の魔力流が、静かすぎた。


 まるで、“敵意だけを切り取って、隠している”ような。


 ◇


 研究棟。

 魔導観測器を覗き込んでいたエリザが、眉を寄せた。


「……おかしいですね」


「何がです?」

 助手の問いに、エリザは観測盤を指差す。


「周辺魔力流が均一化しています」

「均一化?」


「はい。乱流が消えてる」

 普通なら意味不明だった。


 だが。隣にいたミシュリーヌだけが、ふと顔を上げる。


「……静かすぎる」


 エリザが瞬きをする。


「え?」

「音がない」

「音?」


 ミシュリーヌのエメラルドの瞳が、ゆっくりと夜の闇を見つめる。


 そして。ぽつりと呟いた。


「……世界の音が、消えてる」


-----------------------


 北方砦。

 吹雪が視界を塗り潰していく。


 だが。

 正面から押し寄せる威圧感だけは、雪すら貫いていた。


 ジュリアは砦に到着すると、親友の背中を探す。


「ジェド!! 状況は!?」

「あいつら、全く動かねえ!!」


「動かない!?」

「ああ……」


 ジェラルドが、乾いた唇を舐める。


「まるで――」


 その瞬間。


 吹雪の向こう。


 黒龍の黄金の瞳が、ゆっくりと砦の奥を見た。


「誰かを待ってるみてーに」


 ジュリアが窓越しに、その黒い龍を見つめる。


 ――その刹那。


 ぞわり、と。


 背筋を、

 氷の指でなぞられたような悪寒。


 黒龍の瞳が、細く細く、笑った気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ