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境界の盾

 雪深い山城。


 切り立った崖へ食い込むように築かれた石壁。

 風雪に晒された軍旗と無骨な鎧の兵士たち。


 王都貴族のような華美さはない。


 だが、ここには、“実戦を生き残ってきた者たち”の空気があった。

 玉座代わりの長椅子へ腰掛ける男。


 エルチェ・ファルケンリート。


 鋭い灰色の瞳、肩までの黒髪、簡素な軍装。

 飾り気はない。必要がないのだ。


 この男は、自分自身の武で立っている。


「……つまり“白い悪魔”の嬢ちゃんは」


 低く響く声。


「俺達に、“王国の番犬”をやれって言うのか?」


 "白い悪魔"。ジュリアのその呼び名を知っている。

 つまり、彼らは3年前の北方砦の春季防衛戦に参加した軍勢の一つでもあった。


 対するジュリアは、雪を思わせるほど静かな顔で答えた。


「違います。

 “暴走を止める壁”になっていただきたいのです」


 空気がわずかに軋む。


 周囲に控えるファルケンリートの将たちが、露骨に警戒を強めた。

 

 アークライト家。

 

 今や王国最大級の技術と物流を握る家。だが同時に。金で動く商人貴族。

 武門を利用しようとしている――そう見る者も多い。


「アークライトは代々宮廷魔術師や軍務省長官を排出した、いわば武門だ」


 エルチェが腕を組む。


「だが同時に、今は商人でもある」


 視線が鋭くなる。


「何を企んでる?」


 ジュリアは正面から視線を受け止めた。


「内乱が長引けば、魔族が来ます」


 その瞬間。

 場の空気が変わった。

 ざわり、と。


 古参将校たちの目が細まる。

 ファルケンリートはランカスター家と共に北方防衛を担ってきた家だ。

 “本物の戦争”を知っている。

 地方貴族同士の小競り合いではない。


 都市が燃え、補給が消え、人間が数として死ぬ戦争。

 エルチェの瞳から、試す色が少し消えた。


「嬢ちゃん」

「はい」


「俺たちは国の盾だ」

「……はい」


「だがな」


 重い声。


「盾は、誰かの命令で動くもんじゃない」


 ジュリアは少しだけ間を置いた。


「承知しています」


「じゃあ聞くが」エルチェが前へ身体を乗り出す。

「お前は、俺たちをどこへ置くつもりだ?」


 静寂。


 外では吹雪が城壁を叩いている。


 その中で。


 ジュリアは、静かに答えた。


「前線ではありません。後方でもありません」


 白銀の髪が揺れる。


「“境界”です」


 エルチェの目がわずかに見開かれた。


「……境界?」


「はい」


 ジュリアの声は静かだった。

 だが、不思議なほど明確だった。


「内乱と外敵の間に存在する、“判断不能領域”です」

「………そりゃあ、どういう意味だ?」


「国内諸侯は、まだ互いを敵として見ています。………ですが、魔族側から見れば、今の王国は“崩れ始めた一枚岩”です」


 誰かが小さく息を呑む。


「内乱が長引いた瞬間」


 ジュリアは続けた。


「外敵は必ず来ます」


「……」


「だからファルケンリート家には、“どちらにも付き切らない武力”になっていただきたい」


「マントノンを止めることも。……地方軍閥を抑えることも。必要ならば、王都を守ることすら含めて。………その全てへ即応できる、最後の防壁に」


 沈黙。


 長い沈黙だった。


 やがて、エルチェが小さく笑った。


「そういうことかよ」


 その笑みは獰猛だった。


「俺達は、“内乱を終わらせる軍”じゃねぇ。“国を壊させねぇ軍”になれってわけだ」


「その通りです」


 エルチェは椅子へ深く背を預ける。


 ぎしり。と椅子の音。


 そして、じっとジュリアを見つめた。


「嬢ちゃん」

「はい」


「お前、本当に十五か?」


 ジュリアは少し考えたあと、


「戸籍上は」


 とだけ答えた。


 数秒の沈黙。


 次の瞬間、エルチェの豪快な笑い声が、山城へ響き渡った。

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