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ベルンシュタインの内乱

 王都から戻ったマクシミリアン・ベルンシュタインは、重い外套を乱暴に椅子へ放り投げた。


 豪奢な執務室。

 壁には高価な絵画。

 帝国製の魔導時計。

 南方産の香木。


 ベルンシュタイン家は、今や王国でも指折りの富を誇っている。


 交易で儲かった。

 港を押さえた。

 物流を握った。

 帝国との裏取引で、莫大な金も流れ込んでいる。


 使用人も増えた。

 屋敷も広げた。

 地方貴族では考えられないほどの贅を築いた。


 ――だが。


 廊下を歩けば、

 家臣たちの会話が止まる。


「……」

「…………」


 沈黙。


 視線だけが残る。


 羨望ではない。

 忠誠でもない。


 値踏みだ。


 マクシミリアンは鼻で笑った。


(分かりやすい)


 理由など、とうに理解している。


 ベルンシュタイン家は、成り上がりすぎた。


 古参騎士たちは面白くないのだ。


 泥臭く戦場を駆けた武人より、帳簿を握る商人の方が力を持ち始めている。

 なぜ商売貴族風情が、ヴァランタン公爵家と対等に話している?

 なぜ名門でもない家が、アークライト家と直接繋がっている?

 なぜ帝国との密貿易で、莫大な富を得ている?

 なぜ金ばかり増やす?


 そして。


 その鬱屈を、一人の男が静かに集め始めていた。


 ヴィリバルト・カルヴェイン。


 ベルンシュタイン家家宰。

 古参騎士派の中心。

 武断派。


 最近では、若手騎士達まで彼へ流れ始めている。


「旦那様」


 側近が低い声で口を開く。


「まずいですね」

「ああ」

「まるで見計らったような国王崩御。そしてヴィリバルト殿の動き」


 マクシミリアンは黙ったまま窓の外を見る。


 港町。積み荷。商船。物流。

 ベルンシュタイン家が築き上げた富の流れ。


「マントノン家と裏で繋がっていた、という感じではありませんね」


 ぼそりと呟く。


「え?」


「“呼応”したのでしょう」


 王が死んだ。


 その瞬間。


 国内の不満。

 旧貴族の焦燥。

 武人の苛立ち。

 地方の野心。


 全部が、一斉に噴き出した。


 ヴィリバルトは、その流れへ乗っただけだ。


「時代が変わる匂いに、彼らが勝手に反応し始めてる」


 マクシミリアンは椅子へ深く腰掛ける。


 そして、机の引き出しから一通の封書を取り出した。


 黒蝋。


 アークライト家の印。


「……随分と早いことだ」

 苦笑が漏れる。


 王が崩御した当日に届いた。


 内容は簡潔。


『物流を維持してください』

『内乱が起きても、港を閉じないでください』

『補給線が切れれば、王国そのものが死にます』

           ――ジュリア・アークライト


 マクシミリアンは思わず笑った。


「まるで化け物ですね。ジュリア嬢は」


 普通の貴族なら、

 どちらに付くかを考える。


 王家か。

 マントノンか。

 地方諸侯か。


 だがアークライト家は違う。

 最初から、“戦後”を見ている。


「旦那様。どうなさいますか」


 沈黙。


 しばらくして。

 マクシミリアンは、ゆっくり立ち上がった。


「港は閉じません」

「……!」

「食料も動かす。帝国便も維持だ」


「しかしカルヴェイン派が反発します!」


「だろうね」

 マクシミリアンは窓の外を見下ろした。


 港で働く平民。

 荷運び。

 船乗り。

 商人。


 戦争になれば、

 最初に死ぬ連中だ。


「戦争が始まると」


 低く呟く。


「一番先に飢えるのは、貴族ではありません」


 その時だった。

 執務室の扉が、乱暴に開かれる。


 鎧姿の騎士。


 カルヴェイン派の男。


「当主!!」


 血相を変えて叫ぶ。


「ヴィリバルト様が、兵を率いて西倉庫区画を占拠しました!!」


 空気が凍る。

 ついに来た。


 マクシミリアンは静かに目を閉じる。


 そして。


 小さく、笑った。


「――ヴィリバルトは、本気で天下を獲る気ですか」


 その声と同時に。


 音もなく、影が執務室の窓辺へ降り立った。


 黒装束。

 獣人特有の耳。

 月光を映す琥珀色の瞳。


「お久しぶりです。マクシミリアン様」


 マクシミリアンが目を細める。


「……君は」

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