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夜会

 きらびやかな魔導灯の光が床の大理石に反射する、格式高きヴァランタン公爵邸の夜会会場。

 若い令息たちの標的は、今や大陸の流通と通信網の半分を裏から牛耳るアークライト家の中心――十五歳となったジュリア。


 淡い蒼銀の髪は魔導灯の光を受けて柔らかく煌めき、そのサファイアの瞳は夜会の喧騒すら静めてしまうほど透き通っている。

 華奢な肩を包む濃紺のドレスは決して過度に飾り立ててはいない。だが逆に、それが彼女自身の完成された美貌を際立たせていた。


 幼さを僅かに残しながらも、すでに社交界の誰もが認めざるを得ないほど、美しかった。

 その元へは、我先にと群がる若い子息たちの長い列が途切れることなく続いていた。


 アークライト家との絶対的な縁。

 莫大な利益を生む通信事業の利権。

 世界を書き換える最先端の魔導技術。

 ――そして何より、そのすべてを中心で動かしている、あまりにも将来性と美貌に満ちた本人。

 ジュリアの視線一つ、微笑み一つを勝ち取るため、誰もが必死だった。


「ジュリア嬢。ぜひ今度、我が領地が誇る特産のケゾンナイト鉱山へお越しに――」

「アークライト嬢、先日の学術院に提出された論文、本当に素晴らしかった。拝見しましたよ」

「貴女ほど聡明で、かつ薔薇のように美しい方に人生で初めて出会いました」


 甘い言葉。計算された微笑み。だが、それを受け止めるジュリアの蒼い瞳には、一切の揺らぎも、年相応の羞恥も浮かんでいない。


「それは我が家とベルンシュタイン家が共同で進めている、帝国側の物流を牽制するための誘い水ですか? 鉱山の採掘量はすでに我が家で把握していますが」

「え?」


「貴方、論文への言及は会話を始めるためのただの導入ですね。本題の通信利権への食い込みについての具体的な数値は? 無いのであれば、続きを話す意味はありませんが」

「……あ、いや……」


 息を吸うように繰り出される剥き出しの刃のような言葉に、若き貴族たちは次々と撃墜され、顔を青くして敗退していく。


 少し離れた場所。


 アウラーリアが優雅に扇子を口元へ当て、くすりと笑った。


「あの子、才能あるわね」


 隣の貴婦人が感心したように頷く。


「ええ。本当に見事な社交術ですわ」


「いいえ?」


 アウラーリアの紅い瞳が細くなる。


「あれは“全部見抜きすぎている”のよ」


 アウラーリアが、また一人撃沈された令息を見送りながら微笑む。


「今ので七人目かしら」


「あの、お止めしなくてよろしいのですか?」

 侍女が困ったように尋ねる。


 だがアウラーリアは楽しそうだった。


「駄目よ。あの子、自覚が無いままの方が面白いもの」



 少し離れた場所。


 エドワードが深々とため息を吐いた。


「……またやってる」


 隣でジェラルドが苦笑する。


「ジュリア、口説かれてる自覚ないよな」

「ないな」


「でも全部見抜いてる」

「見抜いた上で潰してるから余計に質が悪い」


「あ……また男泣かせてる」

「まったく……」



 有力貴族の令息がジュリアへ近づいていく。

 容姿端正な顔立ち。見事な立ち居振る舞い。

 令嬢たちの視線が一斉に二人へと集まる。


「ジュリア嬢、一曲、よろしいですか?」

「ええ」


 ジュリアは断らない。どんな商談があるか解らないからだ。


「ジュリア嬢は、本当にお美しい」


 さらりと腰へ手を回される。周囲の貴族子弟がざわつく。


 次の瞬間。


 ジュリアのサファイアの瞳がすっと細くなった。


「……近いです」

「え?」


「あと香水が強い」


 周囲は一気に剣呑な空気になる。

 ジュリアはそれを気にも止めず、ぷいと踵を返して離れていく。


 そこへアウラーリアが笑みを深めて近づいてくる。


「ジュリアさん」

「なんでしょうか」


「男が褒めてくる時、“全部”に返答しなくていいのよ」

「……?」


「半分くらい流しなさい」

「しかしそれでは、有用な取引を見逃してしまう可能性が――」


 アウラーリアの目が細められる。


「……あなたはもう少し、男女の機微というものを理解すべきですわね」


 そう言うと"氷の微笑"は優雅に離れていく。


 残されたジュリアは、不思議そうに首を傾げた。


--------------------


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ……。流石に疲れました」


 豪奢な天蓋付きの寝台へ、ジュリアがドレス姿のままぼふりと倒れ込む。

 完璧に結い上げられていた蒼銀の髪が乱れ、夜会で令息たちを騒がせていた『氷の令嬢』の面影が一瞬で崩壊した。


「ジュリア様。それではまるで執務に疲れたおっさ――いえ、殿方ですよ」


 専属侍女リナが、慣れた手つきでティアラを外しながらため息をつく。


「別にそれで結構です」


「結構ではありません。先程など、“香水が強い”と言って公爵子息を沈黙させていたでしょう」


「事実です」


「事実でも言ってはいけないことがあります!」


 ジュリアが寝台へ顔を埋めたまま、むぐ、と反論する。


「そもそも距離が近すぎます。あれは威嚇ですか?」


「威嚇ではなくエスコートです」


「社交界、怖いですね……」


「怖がっているのは向こうです」

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