特別課外実習その2
――ドゴォォォンッ!!
洞窟の奥が、鼓膜をぶち破るような音を立てて激しく爆ぜた。
轟音。衝撃。そして肌を焼く熱風。
凄まじい密度のエネルギーにより、洞窟内の空気そのものが悲鳴を上げる。
ビリビリと激しく火花を散らし、明滅するジュリアの巨大な防護結界。
だが、安堵する隙はなかった。周囲の岩壁には、いつの間にか禍々しい紫の術式紋様が浮かび上がっている。
完全包囲型。こちらの逃げ場を完全に潰すために構築された、高位の空間封鎖術式だ。
(まずい……)
ジュリアは即座に脳内演算を組み替え、脱出ルートを弾き出そうとする。
だが、遅い。
相手は伯爵級。
しかも、“黒”の知識を持っている。
「観測済みだと言っただろう」
蝙蝠の翼を持つ魔族が勝ち誇ったように嗤う。
「貴様ら人族が、どこまで到達したのかもな」
空間に黒い波紋が走る。
その瞬間、ジュリアが必死に展開した第二防壁が、迎撃すら許されず音もなく“消滅”した。
(上書き速度が異常――)
ジュリアの瞳に、初めて明確な焦燥が走る。
その瞬間だった。
――ゴッッッ!!!!
凄まじい衝撃音。
空間の破裂音ではない。肉体と肉体が、質量を持って激突する凄まじい衝撃音。
直前まで勝ち誇っていた魔族の頭部が、横殴りに猛烈な勢いで吹き飛び、そのまま分厚い岩壁へ深々と叩きつけられた。
「……は?」
ジュリアのサファイアの瞳を大きく見開く。
全く意味がわからなかった。
もうもうと立ち込める粉塵の向こう。
そこに立っていたのは、長い白銀の髪を乱暴にかき上げる、深い褐色肌の女だった。
鋭い黄金の瞳に、長い耳。夜を纏うような漆黒の外套。
そして――周囲の空気を物理的に押し潰すような、明らかに人間ではない圧倒的な圧力を放っている。
「おい、ベルフェゴール」
女は、倒れ込んだ魔族を見下ろしながら不機嫌そうに吐き捨てた。
「貴様何をしている」
「……モーリガン」
伯爵級魔族の顔から、初めて余裕の笑みが消え失せる。
「……っ」
伯爵級魔族が、反射的に一歩下がった。
「上がうるさい」
モーリガンは心底面倒臭そうに、首の骨を鳴らしながら言った。
「『刺激するな』と言ったはずだ」
次の瞬間。
彼女の拳が再び炸裂する。
――轟音。
今度は洞窟の壁面そのものが崩壊した。
「がっ……、は……っ!?」
ベルフェゴールの巨体が、頑強な岩盤を何枚も突き破って遥か奥へと吹き飛んでいく。
だがモーリガンは追撃しない。
代わりに、ちらりとジュリアへ視線を向けた。
その金色の瞳が、一瞬だけ細まる。
ジュリアの背筋に悪寒が走る。
「ふん!」
モーリガンは鼻を鳴らした。
その瞬間、彼女の体から漆黒の衝撃波が全方位へと広がった。
バリバリと音を立てて、洞窟の天井の岩盤が一斉に崩落を始める。
「きゃああああっ!?」
「うわああああ!?」
離れた場所に避難していた学園の生徒たちの悲鳴が洞窟内に木霊した。
モーリガンはその混乱すら利用するように外套を翻し、吹き飛ばした伯爵級魔族を片手で引きずり上げる。
「帰るぞ。馬鹿が」
「……っ、まだ観測対象が――」
「黙れ」
低い、絶対的な一言。
空気が凍る。
次の瞬間、紫の球体が現れると、二人の姿が闇へ溶けるように消えた。
一瞬の静寂。
すぐに動き出したのはエイダンだった。
「マクブレギルデ! 負傷者と、不明者の数を!」
「は、はい! 今すぐに確認します!」
マクブレギルデ先生が真っ青な顔で、震える手で出席簿をめくり、点呼を始める。
(何だったのでしょうか。あの魔族の女、明らかにダークエルフ)
ジュリアはチラリとエイダンの背中を見る。
「エイダン先生! 二人、足りません! カナン商会のカミラと、パポシェク家のゴルジェイが……!」
マクブレギルデの悲鳴にも似た声。
「なに?奴らに拐かされたか!?」
エイダンの琥珀の瞳が鋭く細まる。
張り詰める緊張感。誰もが最悪のシナリオを覚悟した、
その瞬間だった。
「せ、先生ぇぇぇぇぇぇ!!」
洞窟の奥から、場違いなほど元気な悲鳴。
「「っ!?」」
ジュリア、エイダン、そしてエドワードたちが一斉にそちらを振り向く。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちた岩の隙間から、ひょっこりと現れたのは――頭から足の先まで完全に埃まみれになった、カミラとゴルジェイの二人だった。
「た、助かりましたわぁぁぁ……!」
「本当に死ぬかと思いました……!」
ふらふらと歩いてくるホコリまみれの二人。
カミラは何故か巨大な発光キノコを抱えている。
「…………」
洞窟内が静まり返る。
エドワードが口を開いた。
「お前ら何やってたんだ……?」
「遭難ですわ!」
「遭難してました」
そのあまりの堂々とした態度に、エドワードのツッコミが炸裂した。
「なんでそんな堂々と言えるんだ」




