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特別課外実習

 学園の特別課外実習。

 今回指定された区域は、都市外縁に広がる『静寂の森』、そのさらに奥深くに潜む未踏の暗黒洞窟であった。


 剥き出しの岩肌と、奥から吹き付ける不気味な冷気。ランタンの灯りだけが頼りの暗闇を、学園の生徒たちは塊になって慎重に進んでいく。


「足元に注意!絶対に単独行動は禁止です!」


 引率のマクブレギルデ先生が、洞窟に声を響かせる。


「過去に本当に迷子が出ているからです!笑い事ではありません!」

「……やっぱりいるんだな」

「そりゃそうだろ」


 ジェラルドの軽口に、エドワードが淡々と返す。


 ジュリアはそのやり取りを聞き流しながら、足を止めることなく周囲の魔力流を追っていた。


(……妙に“整いすぎている”)


 洞窟の奥。

 本来なら揺らいでいるはずの魔力が、一定周期で“揃っている”。


 リィンもまた耳をぴくりと動かし、低く呟いた。


「嫌な気配ですね」

 その言葉が落ちた瞬間だった。


 ――洞窟の空間が、歪んだ。


 紫色の球体が、闇の中に“割れるように”出現する。


 パキン、と乾いた音。


 内側からそれを引き裂いて現れたのは、豪奢な衣装を纏った魔族の男。


 漆黒の翼が、洞窟の天井を覆う。


「――ついに見つけたぞ。銀髪の小娘」


 その殺意は、他の誰にも向いていない。

 最初から、ジュリア一点だった。


「全員下がれ!」


 エイダンが叫ぶより早く、衝撃波が放たれる。


 洞窟が軋む。


 ジュリアの前に展開された巨大な防護結界が、激しく明滅した。


(強い。並の上位魔族ではない。……間違いなく、純血の伯爵級)


「お兄様!ジェド!皆を守って!!」

「任せろ!」

「了解!」


 エドワードとジェラルドが即座に前へ出て、生徒たちの防壁を形成する。


 背後の安全を二人に預けたのを確認すると、ジュリアの指が僅かに動く。


 轟く雷鳴。

 紫電が、魔族へと一直線に走る。


「ほう。人族の体系には存在しないはずの術式」

 魔族の声は、わずかに愉悦を含んでいた。


「だが……“それ”は既に観測済みだ」

「なに……?」


 次の瞬間、ジュリアの雷撃が“途中で消えた”。


「術式干渉……?」

 ジュリアの瞳がわずかに揺れる。


(違う。これは妨害じゃない……“上書き”)


 魔族はゆっくりと手を開く。


「貴様らが“黒”と呼ぶものは、我らにとっては管理対象だ」

「――持ち出しは禁止されている」


「……往ね!」

 瞬間、無数の術式がジュリアを覆う。


(まずい。密閉型。開放型の術式反転では間に合わない)


 ジュリアの指が空中をなぞる。

 〈防護結界×3〉


 激しい衝撃音。濛々と立ち込める煙。

 洞窟の壁が軋み、空間そのものが揺れる。


 ――やがて煙が晴れる。


 無傷で立つ銀髪の少女。


 その周囲には、三重に展開された防護結界が、まだ安定したまま輝いていた。


「……あの瞬間に、無詠唱三重展開だと?」

 魔族の声に、わずかな揺らぎが混じる。


 しかしジュリアは構わず、視線だけを相手に向けた。


(違う……間に合ったのではない。“間に合わせた”)


 結界の外側で、空間に“歪み”が残っている。


 それは防御ではなく――


 術式衝突の余波を“吸収している構造”だった。


「……貴様」

 魔族の目が細められる。


「防いだのではないな。“再計算した”のか」


-------------


 一方その頃。

 入口近くから分岐した通路で、既にはぐれてしまった生徒二人が居た。


「こっちですわ!ゴルジェイ様」


 ランタンの灯りに照らされ、軽装の女子生徒が自信満々で暗闇の一点を指を指す。


「本当ですか……?カミラ」


 まるで信用していない口ぶりの男子生徒。

 動きやすい狩猟服を着てはいるが、生地の端々に施された繊細な刺繍や装飾から、王国の由緒正しき貴族の子弟だということが一目で分かる。


「商人は道を覚えるのが得意ですの! 私を信じなさいな!」

「十分前にも全く同じこと言って、行き止まりのコウモリの巣に突っ込んでませんでした?」


「……洞窟の構造が悪いのでは? 私を惑わすために、歩く先から地形が変わっているに違いありません」

「ついに自然のせいにし始めましたよこの人。ただの被害妄想です」


 ゴルジェイが呆れてため息をついた瞬間、カミラが裾をひるがえし、洞窟の壁にできた不気味なくぼみへと嬉々として駆け寄っていった。


「待ってくださいゴルジェイ様! ここ、変なキノコが生えてます! それに、なんだか禍々しく光っていますわ!」


「明らかに致死性の毒がありそうですよ! お願いだから触らないでください!」


 宮廷魔術の知識が触れば即死と警鐘を鳴らしているが、カミラの意識は既に、その妖しく明滅する変なキノコへ向いていた。


「これ、裏社会の錬金術師たちに売れそうですわ!一攫千金のチャンスです!」

「命がかかってる局面です、頼むからその猛烈な商魂を停止してください!!」


 頭を抱えるゴルジェイ。カミラがキノコを毟ろうとするのを必死に引き剥がし、彼は懐からクシャクシャになった実習用の羊皮紙を取り出した。


「はぁ……もういいです。僕がやります。ええっと、地図を見る限りでは、こっちの方角が出口に繋がっているようです。このまま直進しましょう」

「……待って下さいゴルジェイ様。その地図、逆さまですわよ」

「え」


 その時だった。

 ――ズゥン……。


 洞窟の奥から、鈍い振動音が響いた。

 パラパラと天井から小石が落ちてくる。


「……今、なにか聞こえませんでしたか?」


 ゴルジェイが顔を上げる。


 カミラは平然と暗闇の奥を指差した。


「あちらの方ですね」

「いや、方向の話じゃなくてですね」


 再び。


 ――ドゴォン!!


 今度は明確な衝撃。

 洞窟全体が揺れた。


「え、何ですのこれ」

「知らないですよ!!」

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