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代償

 エイダンは、学園側の代表として帝国の魔導飛空艇へ向かった。

 応接室に通されると、エグモントをはじめとした帝国側の人間たちが一斉にこちらを見る。


「まず確認しておきましょう、エグモント殿」

 エイダンは静かな声で言った。


「ここはゼノビア帝国ではありません。エリュシオン小国連邦学術都市アイギス、エリュシオン学園です」

「……それがどうした」


「貴国は現在、無許可の武装査察、未成年研究者への拘束、そして学術成果物の無断接収を行っています」


 一拍置き、淡々と続ける。


「つまり主権問題です」


 室内の空気がぴりついた。


「さらに、地下水路から回収した自律駆動魔道具ですが、あれは本学園の学生による研究成果です。当然、学園側の学術資産でもあります」

「……何が言いたい?」


 エグモントが苛立たしげに眉を寄せる。


 エイダンは真正面から視線を返した。


「返還を要求します」

「それともゼノビア帝国は、他国の研究成果を武力で接収する国家だと公式に認めますか?」


 エグモントのこめかみがひくりと動く。


 その直後だった。


「返還は困ります!」

「まだ解析途中なのです!」

「黒色波長の偏移データが……!」


 後ろに控えていた帝国技術者たちが、一斉に騒ぎ始めた。


「静かにしろ貴様ら!」


 エグモントが怒鳴るが、技術者たちは止まらない。


「これは国家級の新技術ですぞ!」

「むしろ共同研究として正式に――」


「……エグモント」

 低い声が飛んだ。


 騒いでいた技術者たちが、ぴたりと黙る。


 いつの間にか、入口にはカイル・エル・バルツァーが立っていた。


 普段の気弱そうな学生ではない。

 ゼノビア帝国第三皇子としての顔だった。


「その装置は返還しろ」

「ですが皇子殿下、この装置には未知の黒色波長が――」


「聞こえなかったか?」

 カイルの声は冷えていた。


「これ以上やれば、帝国側が外交問題で負ける」

 視線がエグモントへ向く。


「……これ以上、私の留学先で問題を起こすな」

「っ……はっ」


 エグモントは歯を食いしばりながら頭を下げた。


 こうして、帝国が押収していた自律駆動魔道具は、学園側へ返還されることになった。


--------------------


 女子寮。ジュリアの部屋。


 窓の外では悠々と飛び去っていく帝国の魔導飛空艇。


 魔族側の能力ではなく、禁忌の定義の解除。

 オリハルコン独占を巡る国際紛争の回避。

 新兵器ではなく、新技術としての拡散。


 最悪の結果は回避した。

 しかし、ミシュリーヌはここにいない。


「……代償が大きすぎましたね」


 魔術理論の改革。

 平民用の兵器。

 王国軍人の意識改革。

 魔導兵器の開発。


「私自身、少し焦りすぎましたか」

 誰に言うでもなく、独りごちる。


「それが仲間に与える影響を考慮していなかったのかもしれません」


 コンコンという軽快なノックの音。


「ジュリア様、エドワード様が来ました」

 リナの声。

「ええ」


「入るぞ」


 扉を開けたエドワードは、机に広げられた資料の山を見る。


「……まだ仕事してたのか」


「後処理が山ほどありますので」


 ジュリアは淡々と答えた。


 だが、エドワードは気づく。

 彼女が一枚も紙を読めていないことに。


「ミリーのこと気にしてるんだろ」


「当然です。私の管理不足ですから」


「違うだろ」


 ジュリアの手が止まる。


「お前、自分だけで全部処理しようとしすぎなんだよ」


 その言葉に、ジュリアは静かに目を伏せた。


「……慣れているんです」


「何にだよ」


「失敗した時に、責任を取ることにです」


 部屋が静まり返る。


 エドワードは眉を寄せた。


「それ、慣れるようなことじゃねえだろ」


 侍女服を着たリィンがお茶を持って近寄ってくる。


「ミシュリーヌ様、きっと戻ってきますよね」


「ええ」


 そう答えたジュリアは、窓の外へ視線を向けた。


 遠ざかっていく帝国の飛空艇。

 そして、そのさらに先――ヴァランタン領の方角へ。


「……必ず」

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