プレゼンテーション
帝国は肝心の黒い魔力波の元こそ、第拾八実験室の利用者であることを突き止めた。
ジュリアとエリザが魔導飛空艇に連行される。
「王国貴族子弟に対し、随分と乱暴な扱いですね。帝国は王国に宣戦でも布告するつもりでしょうか?」
兵士二人ずつに捕縛された状態でも、取り乱すこと無く言うジュリア。
エリザは何故かこういう状態に慣れた様子だ。前科でもあるのだろうか。
「それは、君たちが“人類側”であると確認できてからの話です」
上級士官エグモントは傲慢な口調で返す。
「黒色波長を扱う存在を、我々は“人類”と断定していません」
「あの実験室の黒色波長の生成者は誰だ」
「なるほど。そうですね。強いて言うならばあの実験室にいた全員です」
「なに?」
「私たちはただの術式反射の実験を行い、偶然魔力反転の現象が発生しただけです」
「デタラメを言うな!!」
エグモントがバンと激しく机を叩く。
「黒属性は魔族の固有体系だ! それを人間が偶然再現したなどと――」
「おや」
ジュリアの美しいサファイアの瞳が、侮蔑を孕んで細められた。
「魔導帝国ともあろう国家が、今後の先進技術の触媒となるかもしれない重大な特異事象を、その程度の固定観念で頭から否定なさるのですか?」
その瞬間、尋問室の壁際に控えていた帝国の技術顧問や魔導技師たちが、一斉にざわつきはじめた。
「エグモント様、あの黒色魔力の混じった結晶。もし再現可能であるならば、我が国の今後の魔導技術の核心ともいえる技術です。ここで真実ごと消してしまうのはいささか……」
「……チッ。いいだろう」
エグモントは忌々しげに舌打ちし、ジュリアを睨みつける。
「ならば、その再現手順をここで述べよ」
「完全再現は困難です」
「なんだと!?」
「ですが――特定の条件下における近似現象の発生であれば、理論上、可能でしょう」
じわり、と周囲の技術者たちの目の色が変わる。ざわざわと、尋問室の中でガチの技術議論が始まりかけた。
ジュリアは構わずに「それに」と続ける。
「そもそも大前提として“黒色属性”という呼称そのものが、貴国の分類学的な誤認です」
ジュリアはピッと指を立ててみせる。
「あれは独立した属性などではなく、高密度の術式反転時に発生する、ただの副次的な波長偏移に過ぎません」
「――つまり。特定個人の、固有の能力などではないのです」
「馬鹿な……!!」
エグモントの拳が、わなわなと激しく握りしめられる。
「それでは“黒”が魔族固有の脅威であるという、我が国の国防の前提そのものが根本から崩れる! そんな子供の屁理屈、認められるか!!」
しかし今度は、周囲の技術者達が黙っていなかった。
「エグモント様! お待ちください!」
「もし彼女の言う術式反転の副次波長という仮説が本当ならば……これは世界の魔導技術にとって、百年に一度の大革命ですぞ!」
「そうです!」「その通りだ!」「国防論より先に、まずは再現実験のデータを!!」
技術者たちの瞳に、マッドサイエンティスト特有の異様な輝きが灯る。
彼らはエグモントを完全に押し退け、捕縛されているはずのジュリアの前へと詰め寄った。
「ジュリア殿! その再現実験時点での波長偏移率は!?」
「その反転術式、ベースはどの術式でしょうか!? 密閉型ですか、それとも開放型ですか!?」
「ええ、お答えしたいのは山々なのですが……」
ジュリアは困ったように小さく首を傾げてみせる。
「我がアストライア王国の遅れた技術基盤では、これ以上の並列演算は困難でして。……やはり、ゼノビア帝国が誇る超高密度圧縮炉などの最先端設備がなければ、実用化は夢のまた夢でしょうね。非常に残念ですが」
「お任せ下さい!!!」「ああ!!」「我々に任せろ!!」
技術者たちが声を揃えて胸を叩いた。
「我が国の設備なら余裕です! 我々の手で必ずや完全な再現手順を――」
「まてまてまてーーーい!!」
エグモントの悲鳴のような絶叫が尋問室に響き渡った。
おかしい。容疑者を尋問し、魔族の影を暴くはずの場が、なぜか『新技術の予算獲得プレゼンテーション』にすり替わっている。
「もう一つ重大な問題がある! 貴様、あの魔道具の心臓部にあった未知の石をどこで手に入れた!」
「はい?何をおっしゃっているのですか?」
ジュリアは呆れたような顔をした。そこには侮蔑すら混じっている。
「あの石は最近闇市場で出回り始めている、ただの石ころではありませんか。私たちはそれを偶然買い求めただけですが……?」
それが決定打だった。
技術者たちの関心は“黒属性の恐怖”から、“未知の超伝導鉱石の流通経路”へと完全に移行した。
「おい、すぐに王国の闇市場の帳簿を押さえろ!」
「本国の経済省に連絡だ!その鉱石の独占権を確保する!」
技術者たちの視線が、一斉にエグモントではなくジュリアへ集中する。
もはや彼らの興味は、“魔族の痕跡”ではなかった。
黒色波長を生み出した理論。
そして、その触媒となる未知の鉱石。
――帝国が数百年求め続けた、新たな魔導技術体系の扉。
その入口が、今まさに目の前にぶら下がっていた。
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魔導飛空艇から丁重に(というか、もはや国賓級扱いの見送りで)解放された二人は、タラップを降りてグラウンドを悠然と歩いていた。
もはや腕を縛る紐もなく、完全なる自由の身だ。
「ジュリア。あなた、本当にすごいわね……。私、あの空気の段階で正直に全部白状しようかと思って冷や汗が出たわよ」
「貴女が余計なことを言わず、黙ってくれて助かりました、エリザ」
「でも、あの場で教えた再現手順、本当に上手くいくの? もし万が一、完全なデタラメだったら、帝国が気づいた時に私たちまた捕まるわよ?」
「大丈夫です。提示した手順には、どれほど検証しても絶対に再現不可能な致命的な不具合と、あたかも成功しかけているように見える近似手順を紛れ込ませてありますから」
エリザは思わず自分のこめかみを押さえた。
ゼノビア帝国がこの先、国家予算レベルの莫大な予算と人員を投じて再現試験に狂奔する未来が見えたからだ。
「むしろ、中途半端に再現できる方が非常に都合が良いのです」
ジュリアの口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
それは、ミシュリーヌだけが扱えるはずだった黒色魔力を、“次世代魔導技術”という形へ置き換え、世界を巻き込みながら“禁忌”の定義そのものを書き換えるための布石。
もし誰もが再現可能だと信じ始めれば――それはもう、特別な力ではなくなる。




