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捜索

 ――ズズズ、と大地を震わせる轟音を響かせ、魔導帝国ゼノビアの軍用飛空艇は学園の広大なグラウンドへと停船した。

 巻き上がった土煙と凄まじい風圧に、生徒たちが悲鳴を上げて身を縮める。


 タラップが下りるや否や、一人の少年が血相を変えて突進していった。


「エグモント!なぜ来た!しかも軍用飛空艇まで使って! どうやって収拾をつけるつもりだ!」


 怒声を上げたのは、カイル・エル・バルツァー。

 つい前日までは、借りてきた猫のように大人しく、目立たないよう普通に過ごしていたはずの学園のいち生徒。

 ――その正体は、魔導帝国ゼノビアの第三皇子。


 彼は自分の留学先へ突如として舞い降りた祖国の軍事力を前に、完全に頭を抱えていた。なぜこんな騒ぎが起きてしまったのか、全く理解が追いつかなかったのだ。


 詰め寄られた本国特務査察部隊の責任者――エグモントは、軍服の襟を正しながら冷徹な声を返す。


「カイル皇子。事は重大です。この学園内で"黒色属性"の明確な魔力波が検出されたのですぞ」


 そこでカイルの側近が一歩進み出て発言する。


「恐れながら皇子。それは魔族の潜伏、あるいは侵攻準備を示唆する危険兆候です」

「ラルス。まさか……本国へ通告したのはお前か?」


 側近は顔を伏せた。


「……であればなおさら、他国の領地たる学園側に、まずは穏便に調査を申し入れるべきだろう! いきなり主権を無視して軍艦で乗り入れるなど、外交問題になるぞ!」

「そのような手続きを踏んでいる間に、証拠を隠匿でもされれば、意味がないではないですか」

「なに……?」

「皇子。今は時間が無いのです。おっしゃりたいことは、後ほどいくらでも伺います」


 エグモントは冷たくカイルを遮ると、周囲に控える帝国の重装魔導兵たちへと振り返り、容赦のない号令を響かせた。


「傾注――!! 学園内にある『黒い魔力波』の発生源、魔族や魔物などの残滓、および怪しい構造物を徹底的に洗え! 人間に紛れている可能性も考慮。抵抗する者は必要に応じて拘束。急げ!」


「ま、待て、エグモント!私の命令が聞けないのか!」


 カイルの制止も虚しく、統率された帝国兵たちが一斉に散開し駆け出していく。


 ただの機械好きとして学園の技術レベルをのんびり観察するはずだった皇子の平穏は、祖国の過剰なまでの警戒心によって、音を立てて崩壊していくのだった。


-------------------


 魔導帝国ゼノビアによる、主権を無視した超法規的な一斉査察が始まった。

 彼らの目的はただ一つ――カイル皇子の側近が検知した、“黒い魔力”の正体を突き止めること。


 重装兵たちが手にしているのは、本国でも最精鋭の隠密部隊しか持たない「魔族捜索用」の新式魔力計。

 針が不穏に揺れるそれらを掲げ、彼らは学園を端から虱潰しに捜索し始めていた。


 だが、ジュリア組の即応速度もまた早かった。

 エドワードとジェラルドという、男手が加わったおかげで、第拾八実験室の撤収作業は驚異的な早さで進んでいく。


 黒板の数式を即座に消去し、術式演算の記録紙をすべて回収。机の機材を手分けして運び出し、目指したのは学園の裏手に位置する厩舎だった。

 そこに停まっていたのは、高貴なヴァランタン家の紋章が刻まれた、美しい白い馬車。


「ここだ、荷物を積み込め!」


 エドワードが短く指示を出す。

 アストライア王国の重鎮であり、王家の血をも引くヴァランタン家の馬車。

 それこそが、いかに帝国軍であろうとも、政治的に最も手出しができない聖域だとエドワードは判断したのだ。


 緊迫した空気の中、ジェラルドが重い機材ケースを軽々と馬車の奥へと押し込んでいく。

 そんな中、呆然とそれを見つめていたミシュリーヌの襟元から、チリ、と小さなノイズが跳ねた。


 通信魔道具から、ジュリアの冷徹な声が響く。


『ミリー。私の言葉をよく聞いて下さい』

「うん、ジュリア……」

 ミリーは慌てて襟元を小さく握りしめた。


『この先、あの“裏返しの魔力”は、絶対に、誰の前でも使わないで下さい。……おそらく、今学園を脅かしている帝国の真の目標は、あなたです』

「わかった。もう、使わない」


『……それから。地下水路に仕掛けた自律魔道具は、おそらく既に彼らに回収されているはず。残念ですが、あれはもう諦めるしかありません』

「うん……」

 ミリーは切なげに視線を落とし、小さく頷いた。


 放課後に笑いながら、一生懸命に組み上げた結晶。それが、名前も知らない大人達によって強引に奪われてしまった。

 ミリーは白い馬車の陰で、きゅっと拳を握りしめるのだった。


-------------------


 ジュリアは、眉を釣り上げて学園長室へと駆け出していったエイダン先生の背中を見送ると、すぐさま踵を返し、パニックの渦中にある食堂区画へと戻っていた。

 悲鳴を上げて逃げ惑う生徒たちの人波を鋭いステップでかき分け、迷いなく直進する。

 目指す先にいたのは、突然の軍艦の出現に困惑の表情を浮かべていた二人の少年だった。


「マクシミリアン、レオナード」


 背後からかけられた硬質な声に、二人が同時に振り返る。


「何でしょうか、ジュリア嬢? というか、一体この騒ぎは何ごと――」

「いいから、黙って私の言うことを聞きなさい」


 尋常ではない。ジュリアの絶対的な確信とただならぬ気配。

 その圧力に気圧され、二人は本能的に言葉を飲み込み、コクリと喉を鳴らして頷いた。


「例の石ですが……。闇市場へ『数年前から密かに流通していた』という、精巧な偽の帳簿と取引痕跡を構築しなさい」


「「……え?」」


 つい先ほど、食堂の席でジュリアに裏帳簿の弱みを握られたばかりの二人が、今度は全く別のベクトルで同時に素っ頓狂な声を上げた。


「今すぐに、です。一刻の猶予もありません」


 ジュリアは窓の外、グラウンドに座着する漆黒の飛空艇を冷たく見据え、早口で理論構造を叩きつける。


「帝国に『アストライア王国で、未知の新型兵器が組織的に開発されている』とでも邪推されるのは最悪です。下手をすれば国家間の全面衝突に発展します」

「ですが、暫定的に『市場に出回っていた出所不明の珍しい魔石を、学生が偶然市場で買い求め、悪戯半分で防犯魔道具を作った』――というストーリーにすり替えれば、ただの学生の過失で済みます。事態を徹底的に矮小化するのです」


 そこまで一気にまくし立てると、ジュリアは有無を言わさぬ美しい微笑みを浮かべた。


「……ベルンシュタインの流通網と、エルソン商会の情報網があれば、やれますね?」


 有無を言わさない、ではない。逆らえば社会的・経済的に消される。

 二人は額にどっと冷や汗を流しながら、「……わかりました」「すぐに手配します」と、青い顔で頷くしかなかった。



 その頃。

 学園の地下水路は瞬く間に帝国軍に封鎖され、ジュリアたちが仕掛けたあの自律駆動型魔道具は、無残にも回収されてしまった。

 当然、心臓部に使われていたオリハルコン、そしてミシュリーヌが染め上げた黒赤の魔力残滓は、帝国の敏腕鑑定官たちの知るところとなった。


 ――国家間の危機とも言える、最悪の技術流出。

 しかし、ジュリアのサファイアの瞳は、一切絶望していなかった。


----------------------


 同日午後。

 学園の喧騒を遠く離れ、ジュリアが放った特級伝書使い魔は、アストライア王国の重鎮たるヴァランタン公爵家を目指し、大空を最高速度で飛翔していた。


 ヴァランタン公爵邸。執務室。


 ――コツコツ。


 張り詰めた室内に、場違いなほど軽快な音が響く。

 山積みの書類を前にペンを走らせていた当主、ランベール・ヴァランタン。

 鋭い視線で振り返ると、窓辺に一羽の息を切らせた魔力伝書鳥が留まっていた。

 ランベールは怪訝な顔をしながらも窓を開け、その細い足に括り付けられた暗号筒から巻物を取り出す。


 デスクの上でそれを平らに広げた瞬間、公爵の動きが完全に静止した。

 そこには、一国の重鎮たる彼の目を疑わせる文章が書き連ねられていた。


『ランベール・ヴァランタン閣下』

『ジュリア・アークライトです』

『突然のご連絡、失礼いたします』

『魔導帝国ゼノビアにより、オリハルコンの流通が確認されました』

『現在、ベルンシュタイン家およびエルソン商会経由にて、産出元が特定されない形での流通痕跡を形成中です』

『王家への報告については、現時点では非公開扱いが最も安定すると判断しております』


 それは報告ではなく、既成事実の通知であった。


「……まて」


 ランベールは思わず椅子を蹴立てて立ち上がった。

 あまりの衝撃に、机の上のインク瓶が微かに揺れる。


「なぜこの娘は私と同じ"最悪解"に達し、しかもそれを、先に実行している?」


 ランベールは初めて、背筋に薄い寒気が走るのを感じた。


「お前は一体、何者なんだ……」


 アークライト侯爵家の天才令嬢の真の恐ろしさの一端を理解した瞬間だった。


-----------------------


 翌日。

 学園長室の重厚な椅子に腰掛けていたのは、公爵の代理、その妻――エウラーリア・アストライア・ヴァランタンであった。

 王家の血を引き、かつて「氷の外交官」と恐れられた彼女が、直々に学園へ降臨した。


 呼び出されたのは、ジュリアとミシュリーヌ。


 エウラーリアは、二人の話と、鉱石のデータを一瞥し、そして――みるみるうちに口元の笑みが深まった。


 パチン、と冷徹な音が響く。

 エウラーリアは扇子を閉じ、我が子を射抜くような視線を向けた。


「ミシュリーヌ。あなた、自分が今どこまで“世界”に見られているか、理解していますか」


「え……?」


 ミリーが、初めて見る母の圧に身をすくめる。


「黒属性を扱える人間など、この世界には存在しないのです」


「……いいえ、存在してはいけないのです」


 その言葉の重みに、部屋の温度が凍りつく。


 すかさず、ジュリアが一歩前に出た。


「ヴァランタン夫人。責任は、実験室の管理者であった私にあります」


「違います。ジュリア嬢」

 その言葉は、静かで重かった。


 エウラーリアの瞳には、ジュリアへの確かな敬意と、それ以上の冷徹な現実があった。


「あなたは最善を尽くし、『管理』まで行ってみせた。そこはアークライト家の名に恥じぬ見事さです。……問題は、この子がただの好奇心で、世界の禁忌を発見してしまったことです」


 エウラーリアは静かに立ち上がり、窓の外の青空を見つめる。


「そして……その禁忌を“見てしまった者”は、もう、以前の平和な世界には戻れないのです」


 振り返り、母親としての、そして公爵夫人としての絶対の宣告を下す。


「ミシュリーヌ。あなたは本日を以って、このエリュシオン学園を退学させます」


「やだ……!」

 ミシュリーヌの目が見開かれ、そして涙が溜まっていく。


「私も反対です、ヴァランタン夫人」

 ジュリアがサファイアの瞳を鋭くして異を唱えるが、エウラーリアの決意は揺るがない。


「それは出来ません。このままこの子を学園に置いておけば、明日には帝国が、あるいは聖堂に拐かされ、国家間の全面戦争の引き金になります。ですから、ヴァランタンの本邸で匿うことが、現状において最も安全なのです」


 大人の口から決定的に確定された。日常の終わり。


「ミリー……。すまない」

 その声だけは、いつものジュリアらしくなかった。


 ミシュリーヌは、ジュリアの手を握りしめることも許されぬまま、その日のうちにヴァランタン家へと回収されることとなった。


 ――馬車の窓から、遠ざかる学園を見るミシュリーヌ。

 掌に残る、あの黒い術式の感覚。


(私は……ただ、みんなと面白いことが、したかっただけなのに……)


 自分が生み出した技術が、どれほど多くの大人を動かし、どれほどジュリアに泥をかぶらせ、国家を揺るがしてしまったのか。

 ただの無邪気な研究者だった少女が、一人の貴族令嬢として、そして世界の真理に触れた研究者として、責任の重さを知る。

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