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轟音

 昼休み。数百人の生徒たちの熱気と喧騒が渦巻く食堂区画。

 その一角にある重厚な扉から、エイダンが職員食堂での短い休息を終え、静かに姿を現した。


「ジュリア」

 喧騒を割くように、短く冷徹な声で呼ぶ。


 アストライア王国のテーブルの中心にいたジュリアは、

「はい」 

 と短く応じる。


 そして取り乱すことなく流れるような所作で即座に立ち上がり席を離れていく。


 普段は容易に人を寄せ付けない侯爵令嬢が、端正なダークエルフの教師の呼び出しに迷いなく従う姿に、周囲の学生たちは遠巻きに息を呑んで見つめていた。


「なあ……あの先生、ジュリアの知り合いか?」

 硬めのパンをかじりながら、エドワードが怪訝そうに眉をひそめて呟く。


「知り合い、というか……」

 その隣で、ミシュリーヌはスープに浸したスプーンを指先でくるくると回しながら、他人事のように言葉を繋いだ。


「私たちの研究を、新しく“管理”してくれることになった先生?」

「は?」


 エドワードの咀嚼がピタリと止まり、完全に固まった。


「なんだそれ。管理って……」

「昨日、ちょっとだけスリリングな出来事が起きてね」

「スリリングって何だよ」


「一時は退学の危機だったんだけど、色々あって大丈夫になったの」

「その大丈夫の内容が一番怖いんだけど……?」


 エドワードの胃痛を予感した声が、一段と大きく跳ね上がる。


 彼は周囲を警戒するように声を潜め、身を乗り出した。

「……つまり、あの魔道具が学校側にバレたってことか?」


「そう。正解」

 ミシュリーヌは悪びれる様子もなく、あっさりと頷いた。


「ジュリア様、本当に大丈夫でしょうか……?」

 両手を合わせながら、獣人の少女リィンが不安げな声を漏らす。


 もし万が一、このままジュリアが退学処分にでもなってしまえば、自分は彼女の側から引き離されてしまうのではないか。そう考えると内心気が気ではない。

 彼女の耳までがしょんぼり垂れ下がっている。


「大丈夫ですよ。先生のあの様子からして、おそらくは今後の魔道具の仕様についての技術的な打ち合わせでしょうから」

 眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、エリザが淡々と補足した。


 その言葉を聞いた瞬間、リィンの耳がピクリと跳ね上がった。


「そうですか……。エリザ様がそうおっしゃるなら、少し、安心しました」

 一瞬で表情を輝かせたリィン。

 侍女服のスリットから伸びた黒い尻尾が、彼女の感情を示すように嬉しそうにフリフリと揺れている。


 それをまじまじと観察したエリザはパチパチと目を瞬かせた。

(……なにこの可愛い生き物)


--------------------


 賑やかな食堂のざわめきから離れると、人気のない石造りの廊下は驚くほど静まり返っていた。

 高い天井に、二人の規則正しい足音が反響する。


「何のお話でしょうか、先生」

 ジュリアが一歩遅れてエイダンの斜め後ろに並び、淡々と問いかけた。


「少し気になることがある」

 エイダンは正面を見据えて歩きながら、そう言う。


 周囲に声が漏れないよう、いっそう低く地を這うような声で問う。

「……例の魔道具に使われている石。あれは何だ?」


「オリハルコンですね」

 あまりにも当然のように響くその一言。


 エイダンはほんの僅かに目を閉じた。こめかみの血管がピクリと動く。

(神鋼を、日常の雑記を語るような“ですね”で済ませるな……!)


 理性を総動員して内なる絶叫を抑え込み、短く息を吐く。

「……なぜ、一国すら買い取れるレベルの神鋼を、学生の防犯グッズ程度に気軽に使っている?」


 ジュリアは歩みを止めることなく、一瞬だけ視線を斜め後ろの窓外へと流し、まるで事務報告のような口調で淡々と答えた。

「アストライア王国内で、先日まとまった量が出土しましたので。幸い在庫は豊富です」


「……ただ、これについてはまだ公にされては困りますので、伏せて頂きたいですが」

「その割には、ポンポンと惜しげもなく使用しているようだが?」

 エイダンは間髪入れずに鋭い突っ込みを返す。隠す気がある使用量ではない。


「出処さえ判明しなければ、ただの不思議な石ですから。問題はありません」


 一瞬、エイダンの足が完全に止まりかけた。

 端正な顔が、信じられないものを見るかのように僅かに引きつる。


(……逆だ)


(出処が分からないからこそ、大問題になるんだろう、それは……!)


 この令嬢の常識という頭のネジを、ねじ回しで締め直したくなるような気持ちを抑え、

 エイダンが深い溜息を吐き出した――その時だった。


 突如、ひゅん、ひゅん、と空気を強引に引き裂くような、重い風切り音が響き渡る。


 ――ゴゴゴゴゴ……!


 次の瞬間、大講堂へと続くガラス張りの巨大な窓一面に、陽光を完全に遮るほどの巨大な影が落ちた。


「何事だ……!?」


 エイダンが足を止め、鋭い視線で窓際へと歩み寄る。

 二人の視界を埋め尽くしたのは、校舎を見下ろすように低空飛行で迫り来る、一艘の巨大な飛空艇の、その重厚な装甲に覆われた船底だった。


 禍々しいほどに鈍く光る、黒塗りの船体。

 その中央には、見る者を威圧するような、燦然と輝く黄金の翼紋章が刻まれている。


 エイダンの黄金の瞳が、驚愕にわずかに入り混じって見開かれた。


「……魔導帝国ゼノビアの、軍用飛空艇だと!?」


 なぜ、このタイミングで、他国の最新鋭兵器が学園の真上に現れる。

 緊迫した空気が廊下を支配する中、ジュリアだけは眉一つ動かさず、ただひたすらに冷たいサファイアの瞳でその巨躯を見上げていた。


「面倒なことになりました」


 ポツリと漏らしたジュリアの淡々とした呟きは、校舎中を震わせる轟音によって、容赦なくかき消されていった。


----------------------


 一方。食堂でも突然現れた巨大な船に、パニックが巻き起こっていた。

 生徒たちの悲鳴と食器が床へ落ちる音、椅子が乱暴に引かれる音が響く。


『ミリー、エリザ』

 襟元に仕込んでいた通信の魔道具から声。


「ジュリア、あれは何?」

『魔導帝国ゼノビアです。話は後。今すぐにエリザと一緒に、研究室の撤収作業を』


 エリザも、意味が分かっていない。

「え?」

『早く』


『彼らにすべて持っていかれる。記録も含めて』

 ジュリアの声には、いつものような余裕が無い。

 冷徹で鋭い声だった。


『お兄様、ジェド、二人の援護を』

「わかった!」

「おう、任せとけ!」

 二人の息はぴったりだった。

 すぐにミシュリーヌとエリザを連れて、研究棟へと一斉に走り出した。

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