バレちゃった
講義中。
教壇にはダークエルフの男性教師――エイダン・ブレスラック。
――パキッ。
エイダンの指先で、白いチョークが折れた。
「……は?」
講堂が静まり返る。
普段ほとんど感情を表へ出さないダークエルフの教師が、露骨に言葉を止めたからだ。
エイダン・ブレスラックはゆっくりと顔を上げる。
黄金色の瞳が、研究棟のある方角を鋭く見つめていた。
(今、黒属性の魔力が感じられましたね)
背筋を冷たいものが走る。
間違いない。
あれは。
魔族側の魔力だ。
しかも、“天然物”ではない。
誰かが意図的に術式化している。
(……学園内?)
エイダンの眉間へ深い皺が刻まれる。
(ありえない)
黒色属性は、魔族領でも極めて特殊な体系だ。
適性。
血統。
魔力回路。
複数条件が揃わなければ成立しない。
まして。
(人間が扱えるはずがない)
教室の生徒たちがざわつく中、エイダンだけが無言で研究棟の方向を見つめ続けていた。
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深夜。
人気の無い地下水路へ、硬質な靴音が静かに響く。
コツ。コツ。
ランタンの淡い光が、湿った石壁を照らした。
「地下から定期的に魔力反応が検知されると思えば……」
エイダンは足を止めた。
「何でしょう、これは」
そこに置かれていたのは、黒い粘土で覆われた奇妙な箱だった。
周囲には、夥しい数の虫の死骸。
腐臭。焦げ跡。
そして、わずかに残る火炎術式の残滓。
エイダンがしゃがみ込み、指先で箱の表面をなぞる。
ぴたり、と表情が止まった。
(魔物の体液……?)
違う。これは。
(アビス・ターマイトの分泌物)
魔力遮断素材。
魔族領でしか流通しない希少素材だ。
さらに。
箱の内部から感じる微弱な残留魔力。
自律駆動。
そして。
(……黒属性術式)
黄金の瞳が細められる。
「この箱が、自律的に術式を放出している……?」
ありえない。
こんなものは。
魔族軍でもまだ実験段階のはずだ。
エイダンは床へ転がる虫の死骸を摘み上げた。
「……レテ・スウォーム」
低く呟く。
「なぜ魔族領の害虫が、こんな場所へ?」
そして。次の瞬間。
彼は気づく。この箱。
“人間へ反応していない”。
つまり。
敵味方識別まで終わっている。
エイダンの背中へ、静かな悪寒が走った。
(誰です? こんなものを作ったのは)
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エリュシオン学園。学園長室。
――コンコンコン。
「私です。ユンカーズ学園長」
「入り給え」
重厚な扉が静かに開く。
入室してきたダークエルフの教師――エイダン・ブレスラックの顔を見た瞬間、学園長は露骨に眉をひそめた。
「……また君か。今度は何だね?」
その反応も無理はない。
この男が訪ねてくる時、大抵ろくな話ではないからだ。
だが。
「今回は少し、まずいかもしれません」
エイダンはいつもの皮肉めいた調子すら消していた。
学園長の表情が変わる。
「……何だと?」
「まず一つ。学園内で“黒属性”を使用する者がいます」
空気が凍った。
「……は?」
「さらにもう一つ」
エイダンは静かに包みを机へ置く。
布を開く。
中から現れたのは、夥しい数の虫の死骸だった。
学園長が嫌悪感を隠さず顔をしかめる。
「……なんだね、この虫は」
「レテ・スウォーム。魔族領原産の害虫です」
「魔族領?」
「ええ。刺されると、精神汚染が引き起こされます」
学園長の顔色が変わった。
「なっ……なぜそんなものが学園に?」
「不明です。ですが可能性としては、魔族主戦派、あるいは聖堂側の反エリュシオン派」
「……もはや手段を選ばなくなっている、か」
「ええ」
短く頷くエイダン。
だが。
彼の表情はまだ硬い。
「……それと、もう一つあります」
学園長がまた嫌そうな顔をした。
「まだあるのかね?」
「はい」
エイダンは静かに続ける。
「この虫ですが」
「うむ」
「ほぼ壊滅状態でした」
「……何?」
「地下水路に設置された、学生製と思われる自律駆動型魔道具によって」
――沈黙。
「…………は?」
学園長の思考が停止した。
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研究棟、第拾八実験室。
エイダンは扉の前で立ち止まった。
……嫌な予感しかしない。
室内から漏れてくる魔力の揺らぎは、既に学生の域を遥かに逸脱していた。
複数の属性反応。
並列演算。
異常なまでに静かな魔力循環。
そして何より。
(黒色属性の残滓が濃すぎる)
エイダンは眉間を押さえ、深く息を吐いた。
「……失礼しますよ」
扉を開ける。
――瞬間。
「だから、その通信経路だと術式同期が二・三秒遅れるのよ」
「なるほど。では中継器側へ疑似並列処理を――」
「エリザ、それだと術式焼け起こすわ。こっちの方が早い」
「あら、本当ね」
お茶会だった。
長机には紅茶。
焼き菓子。
壁一面を埋め尽くす数式。
床に転がる黒い箱。
机の端でキィィン……と不穏に鳴っている赤黒いオリハルコン。
そして。
掌の上で“黒い術式”をくるくる回しながら、
「これ、どう使うと面白いと思う?」
などと言っている金髪少女。
エイダンは無言になった。
(…………何を見せられているんですか私は)
ジュリアが先に気づき、静かに紅茶を置く。
「あら。エイダン先生」
「“あら”ではありません」
即答だった。
「何ですかこの空間は」
「研究室ですが?」
「そういう意味ではありません」
エイダンの視線が黒い術式へ固定される。
「……ミシュリーヌ嬢」
「なあに先生?」
「今、何を回していました?」
「黒属性の防御術式よ?」
あっけらかん。
エイダンのこめかみに血管が浮いた。
「なぜ存在しない属性を当然のように使っているんですか」
「え? なんか出来たから?」
「出来たから、で済ませて良い話ではありません!!」




