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何かできちゃった

「ねえジュリア、なにこれ?」


 実験室の床の隅に置かれている口の欠けた容器。


「ああ、それ、レテ・スウォームの散布に使われたと思われる容器です。この学園の水域の上流で発見しました」

「……ふーん。ちょっと残留魔力調べてもいい?」

「ええ、もちろんです」


 エリザとジュリアの二人は相変わらず、新しい通信魔道具の演算式について話し合っている。


(私も論理なんちゃら、勉強しようかな)


 専門用語の嵐に少しだけ置いてけぼりを感じつつ、コトリと机に容器を置いて調べ始めた。


 黒い粘土が使用されている?

 違う。表面を覆われているだけ。

 内側に手を入れる。


 回収から時間が経過したせいで、ほとんど残っていないが、ミシュリーヌの指先は、その僅かな残留魔力を僅かながら認識できた。


(知らない術式?)


 違う。術式じゃない。


(知らない色の属性)


 違う。知っている。

 魔物が帯びている魔力に近い。


 ミシュリーヌは椅子から立ち上がると、屑魔石が入ったチェストを開き、手探りで似た魔力の感触の石を探り当てる。


「これなんか、近いわね」


 もう一度、席に戻って容器に手を入れる。

 目を閉じて、片方に持った魔石の魔力と比較する。


「うん。似てる」


「ミリー? なにか分かったの?」

「ううん。まだ分かんない。似た魔力を持つ魔石があっただけ」


 魔石をつまんで見せる。黒く光を吸い込むような魔石。


「魔石? ということは、それを設置したのは魔族ということ?」

「うーん。どうなんだろう。多分だけど、訓練したら人でも使える気がするのよね」

「……良く、わからないですね」

「まだ、勘だからね。もう少し調べてみる」

「そう」


 ジュリアは納得したように頷き、再びエリザとの計算に戻った。

 ミシュリーヌは魔石を握りしめたまま、再び目を瞑る。


(この感じ、既存の魔力とは根本的に違うのよね。白色と真逆)


 真逆。つまり白の"裏返し"。


(やってみようかな)


 息を深く吸い込む。体内の魔力経路を掌へ集中させる。

 感覚的には力を裏返すイメージ。

 術式はほんの小さな防御結界。


(ん、難しいわね)


(……もうちょい)


 ――――。


(できた!)


 目を開くと、掌の上に、見たこともない"漆黒の術式"が静かに回転していた。

 すぐに消す。


 もう一度。


(こう!)


 今度は目を閉じずに出来た。さっきより術式が安定している。

 人類で初めて黒色魔力を扱えるようになったことに、当の本人はまったく気づいていない。


(面白いわね。何に使えるか分かんないけど)


 パッと術式を消す。


 うーん。と頬杖を突いた。


(そうだ)


(試しにこれで、オリハルコンを染めてみようかな)


 引き出しから革袋を取り出すと、欠片を一つ取り出す。


 握りしめる。

 先ほどと同じように、"裏返しの白色"で染める。


「できた」


 一切の光を吸い込むような、不気味な漆黒のオリハルコンの欠片が生まれた。

 ミリーの実験(遊び)は止まらない。


(もう一つ。今度は、基本の『赤色』と混ぜてみよう)


 黒赤の魔力を流し込む。ちょっとグロい色をした欠片が出来上がった。


 引き出しから、アビス・ターマイトの分泌物で染めた黒い袋を取り出す。共振を防ぐ特殊な袋だ。

 その中から、以前作った、既に純粋な赤く染まった欠片を取り出した。


 赤い欠片を、机の上にコトリ、と置いた、その瞬間。


 ――キィーーーーーン。


 実験室に、鼓膜を刺すような共振音が響き渡る。

 新しく作った、あの「赤黒い欠片」からだ。


(常時共振?)


(うるさいわね)


 赤い欠片を弾く。


 ――。


 ――ッキィーーーーーン。


(まって)


(なにこれ?)


 音は、変わらない。それどころか、赤黒い欠片の共振の音が、一瞬止まった。

 慌てて赤黒い欠片を黒い革袋にしまい、遮断する。


 見たりと、共振音が消えた。


 その時。

 背後でずっと通信回路の計算をしていた万年筆の音が、止まった。


 ミシュリーヌはペンを持った手を顎に一度当てて、首をひねっている。


(よくわかんないわね)


 とりあえず手元の植物紙にメモを取る。


『赤黒+赤→常時共振』

『赤→赤黒の共振が一瞬止まる』


 もう一度、何も染まっていない欠片を取り出した。


(そういえば、白って試したこと無いわね)


 今度は欲張ってみる。


 赤と青と、白と、"白の裏返し"で染める。灰色のような濁った紫。

 もう一つ、青い欠片を取り出した。


 並べる。共振しない。

 ほっと息を吐く。


 再度、赤い欠片を弾く。

 何も起きない。


 今度は、青い欠片を弾く。

 また。何も起きない。


(何が起きてるの?)


 赤と青二つを両手に持ってカチンと叩き合わせた。


 ――キィン。


「うーん……。不便」


 植物紙に新たに書き込む。


『赤と青と白と黒→灰紫の石』

『赤→無反応』

『青→無反応』

『赤と青をカチンと叩く→灰紫が鳴る』


「常時うるさいか、二つ同時に叩かないと鳴らないかだなんて、おもちゃにもなりゃしないわ」


「ミシュリーヌ。今、なんと言いました?」


 背後から声がした。


「え?」


「……ミシュリーヌ」

「なあに?」

「今から貴女が行う実験は、必ず私の立会いの下で実施してください」

「絶対嫌!」


 即答だった。


 エリザの眼鏡の奥の灰色の瞳が、ぴしりと固まる。


「……なぜ」

「だってエリザ、すぐ難しい話するんだもん。実験中ずっと横で『それは論理構造が〜』とか『術式体系への波及が〜』とか言うし」

「重要でしょう」

「遊びづらいのよ!」


 遊び。


 その単語を聞いた瞬間、エリザが深く顔を覆った。


「貴女、自分が何をしているのか本当に理解していないのね……」

「???」


 きょとん、と首を傾げるミリー。


 悪意ゼロ。

 純粋百パーセント。

 だからこそ危険だった。


---------


 エリザがミシュリーヌのメモを摘み上げて、睨んでいる。


「この、"赤黒"、黒って何かしら?」

「えっと、さっきの魔石の中の魔力から、良くわからない属性の魔力があったから再現してみたの。こんな感じ」


 ミシュリーヌが気軽な調子で右手を開く。


 次の瞬間。


 彼女の掌の上へ、見たこともない“漆黒の術式”が音もなく展開した。


 光を放たない。

 むしろ周囲の魔導灯の光を吸い込むように、静かに回転している。


 室内の空気が、ぴたりと止まった。


「え?」


 エリザの口から、間の抜けた声が漏れる。

 眼鏡の奥の灰色の瞳が、術式へ釘付けになった。


「……なに、これ」


 理解が追いつかない。


 古典術式学。

 現代魔導理論。

 属性分化学。

 どの体系にも、こんな属性は存在しない。


 すべての基本は、赤、青、緑、白。

 混合系派生属性も、変異属性も、禁術系統も。

 エリザは学園へ収蔵されている術式論文の大半を読み尽くしている。


 だが。

 こんな“色”は知らない。

 こんな“魔力反応”は、理論上ありえない。


 エリザの背筋へ、ぞわりと悪寒が走る。


「……これ、古典術式学の派生体系では存在しない属性よ!!」

「え、そうなの?」


 ミシュリーヌはきょとんとしている。

 自覚がない。

 それが余計に恐ろしかった。


 ジュリアが静かに立ち上がった。

 サファイアの瞳が、ミリーの掌の黒い術式を一切瞬きせず見つめている。


「……知ってる。これ」

「はい?」

「前線で観測された、魔族系の魔力です」


 空気が凍った。


「…………は?」


 今度こそ、エリザの思考が完全に停止した。


 前線。

 魔族。

 観測。


 つまりこれは。

 未知の新属性などではない。


 “敵側の力体系”だ。


 そして。それを。

 この金髪の少女は。


 たった今。

 遊び半分で“模倣”した。

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