表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
36/159

部隊管理

 夕方。講義からの帰り道。

 人気の少ない石畳を、エドワードとジュリアが並んで歩いていた。


 ジュリアは片手に術式紙の束を抱えたまま、視線を落として何か計算している。

 完全に脳が研究側へ行っていた。


 そんな妹を横目に見ながら、エドワードがぽつりと口を開く。


「……お前さ」

「なんですか?」

「たまにはミシュリーヌとかジェラルドにも構ってやれよ」


 ジュリアの足がわずかに止まった。


「何の話ですか?」

「いや、最近ずっとエリザと研究してるだろ」


 エドワードは頭の後ろで手を組み、なんとも言いづらそうに続ける。


「ミシュリーヌ、ちょっと拗ねてるし。ジェラルドも多分、不満あるぞ」


「…………」


 数秒。


 ジュリアは真顔で考え込んだ。


 そして。


「……なるほど」


 静かに頷く。


「士気低下ですか」

「いや、なんか違う」


 即否定。


「違うんですか?」

「違うっていうか……いや、まあ半分くらい合ってるけど……」


 エドワード自身、上手く説明できない。

 ミリーのあれは嫉妬だし、ジェラルドのあれは執着に近い。


 でもジュリアにそんな説明をしても、たぶん余計ややこしくなる。

「……まあ、そういう感じだよ」


「つまり、組織内の心理的距離を適切に管理しろと?」

「お前ほんと全部部隊運営で考えるな……」


 ジュリアは腕を組み、真剣な顔で考え始めた。


「確かに、ミリーは感情で動くタイプですし、ジェドも競争意識によるモチベーション比率が高いですね」

「だからそういう分析をやめろって」


「放置は非効率ですか……」

「いや、だから効率じゃなくてだな」


 エドワードは途中で諦めた。

 たぶんこの妹、恋愛とか友情とかを、本気で“部隊管理カテゴリ”だと思っている。


 だが、ジュリアはジュリアで、兄の言葉をかなり真面目に受け止めていた。


(……なるほど)


 ミリーの最近の行動。ジェドの視線。研究室での様子。


 思い返せば、確かに以前より接触頻度が減っている。

 これは改善が必要かもしれない。

 ジュリアは静かに結論を出した。


「分かりました」

「ん?」


「今後は定期的に対話時間を確保します」

「その言い方やめろ」


 エドワードは深くため息を吐いた。


 たぶん、根本的に何も伝わっていない。


-----------------------------


 実験室。


「ミリー。こちらへ来て下さい」

「なあに?」

「髪を編んであげます」

「やった」


-----------------------------


 訓練場。


「ジェド。剣の特訓しましょう」

「おう」

「嬉しそうですね」

「別に」


-----------------------------


 女子寮。ジュリアの部屋。


「リィン。こちらへ」

「なんでしょうか?」

「毛を漉いてあげます」

「あ、ありがとうございます」


-----------------------------


 夜。食堂区画。

 賑やかな夕食時の喧騒の中。


「お兄様」

「ん?」


 ジュリアが静かに視線を向ける。

 サファイアの瞳が、エドワードの口元をじっと見ていた。


「……口元にケチャップが付いています」

「あ、悪い」


 エドワードは慣れた手つきで布を取り、適当に拭う。


「取れていません」

「え?」


 ジュリアは小さく溜息を吐くと、椅子を引いて立ち上がった。

 そして、ハンカチを取り出し、兄の口元へ静かに手を伸ばす。


「じっとしてください」

「いや、自分でやるって」

「動かないでください」


 有無を言わせぬ声音。

 エドワードは観念して硬直した。


 白い指先が、口元を丁寧に拭っていく。

 その様子を、周囲の面々は無言で眺めていた。


「……」

「……」

「……」


 数秒後。


「はい、綺麗になりました」

「……おう」


 ジュリアは何事もなかったかのように席へ戻り、再び食事へ意識を戻す。


 一方。

 ミシュリーヌはじとーっとした目でエドワードを見ていた。

 ジェラルドは露骨に「なんだこれ」という顔をしている。

 リィンは静かに瞬きをした。


 そしてエリザだけが、真顔だった。


「……なるほど」


 ぼそり、と呟く。


「?」

 ミシュリーヌが首を傾げる。


 エリザは眼鏡を押し上げ、淡々と言った。


「ジュリアは“世話を焼く対象”へ強い執着を示すのね」


 ぴたり。

 空気が止まる。


 エドワードが嫌な顔をした。

「おい待て。その分析やめろ」


「つまり、ミシュリーヌへ髪を編む行為も、リィンの毛並みを整える行為も、ジェラルドとの模擬戦も、すべて“管理対象への接触確認”――」

「エリザ」

 ジュリアが静かに遮る。


 にこり。

 笑顔だった。


 だが。

 エドワードは知っている。

 妹がこの顔をしている時は、大体ろくでもない。


「それ以上続けるなら、貴女の研究机を整理します」


 エリザの表情が凍った。


「待って。それは困るわ」

「では黙ってください」

「……はい」


 即答だった。


 ジェラルドが吹き出す。

「弱点そこなんだな」


「当然でしょう。あの机の配置には意味が――」

「エリザ」

「黙ります」


 再び食事へ戻るジュリア。


 その横顔を見ながら、エドワードは深く、深く溜息を吐いた。


(……なんで俺だけ、“普通の兄妹枠”なんだ?)


 ミシュリーヌは秘密保持能力ゼロ。

 エリザは兵器開発狂。

 ミリィは暗殺適性持ち。

 ジェラルドは妹に脳を焼かれている。


 なのに自分だけ、口元のケチャップを拭かれて終わる。


(いや平和でいいんだけど。いいんだけどな……?)




 エドワードがなんとも言えない顔でスープを飲んでいる横で、マクシミリアンが優雅に紅茶を口へ運びながら、ふっと目を細めた。


「……なるほど」


 その声音には、妙に“理解した”響きがあった。

 向かい側では、レオナードもまたナイフとフォークを置き、営業用の柔らかな笑みを浮かべている。


「ええ。非常に興味深い関係性ですね」


 エドワードの眉がぴくりと動いた。


「お前ら、なんか言いたいならはっきり言え」


 すると、二人は一瞬だけ視線を交わした。

 完全に“同じことを考えている顔”だった。


 先に口を開いたのはレオナード。


「いえ。ただ――」

 にこり。


「アークライト家では、“庇護対象”への距離感が非常に近い文化なのだな、と」

「文化じゃねえよ」

 エドワードが即答する。


 だが、マクシミリアンが静かに追撃した。

「しかし興味深い。ジュリア嬢は他者への接触を基本的に嫌う傾向がある」


 指を組み、淡々と分析を始める。

「にも関わらず、“自分の内側へ入れた相手”には極端に世話焼きになる。エドワードへの口元の確認、ミシュリーヌ嬢への整髪、リィンへの毛並みの手入れ」


「ジェラルドとの訓練も追加で」

 レオナードがさらりと補足する。


「……お前ら、なんでそんな細かく見てんの?」

 エドワードが若干引いた顔になる。


 マクシミリアンは平然としていた。


「観察は基本ですので」

「商売も同じですよ」


 嫌な説得力だった。


 一方。

 話題の中心であるジュリア本人は、涼しい顔で食事を続けている。


 だが。


「つまり、ジュリア嬢の行動原理は“縄張り意識”に近――」

「マクシミリアン・ベルンシュタイン」


 静かな声だった。


 しかし、その場の温度が一瞬で数度下がる。

 ジュリアはナイフとフォークを置き、ゆっくりと視線だけを向けた。


「これ以上続けるなら、ベルンシュタイン家南方取引航路の“積荷一覧”を復元しますが?」


 マクシミリアンが沈黙した。

 レオナードが吹き出しかけ、慌てて口元を押さえる。


「失礼。今のは完全に急所でしたね」

「笑っている場合ですか、レオナード・エルソン」


 ジュリアの視線が滑る。


「北部流通の迂回在庫、帳簿上の数量が合っていませんでしたが?」

 レオナードの笑顔が固まった。


「……なぜそこまで把握しているんです?」

「企業秘密です」

 にこり。完璧な微笑。


 エドワードは頭を抱えた。


(なんで食堂で毎回、諜報戦始まるんだ……?)


 隣ではミシュリーヌがのんきにデザートを食べている。


「平和ねえ」

「どこがだよ」


 エドワードのツッコミだけが、今日もむなしく響くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ