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ジェラルドのヤキモチ

 剣術訓練場。

 放課後の喧騒から切り離された広い空間に、木剣が空気を裂く鋭い音だけが響いていた。


 ジェラルドは一人、黙々と素振りを繰り返している。


 踏み込み。

 振り抜き。

 体重移動。


 一撃一撃は重い。

 だが、どこか噛み合わない。


 木剣を振るたび、苛立ちが胸の奥へ蓄積していく。


(……最近あいつ、全然来ねーし)


 ち、と小さく舌打ち。


 以前なら、放課後になれば自然とここへ現れていた。

 冷たい目で、容赦なく欠点を指摘してきて、なのに気づけば、昨日より強くなっている。


 あのサファイアの瞳の少女。


(なんか……つまんねえ)


 自分でも、妙な感覚だと思う。


 別に剣の相手なら他にもいる。

 エドワードでも、騎士科の上級生でもいい。


 でも違う。

 あいつじゃないと、妙に調子が狂うのだ。


 ジェラルドは無意識に木剣を強く握り込み、再び鋭く振り抜いた。


 ――ブォン!!


 重い風切り音が、誰もいない訓練場へ虚しく響いた。


------------------


 翌日、昼の食堂区画。


 数百人の生徒で賑わう中、アストライア王国組の長机だけは、今日も妙な存在感を放っていた。


「ジュリア。通信魔道具の改善ですが、中継機を設置して、それぞれの端末経路を――」

「なるほど。物理的回線ではなく、論理的に分割した仮想通信網を構築するのですね」


 エリザとジュリアが、完全に二人だけの世界へ入っている。


 紙へ次々書き込まれていく術式図。

 高速で飛び交う専門用語。

 周囲の誰も理解していないのに、二人だけは異常な速度で会話が成立していた。


 エドワードがフォークを弄びながら呟く。


「……なんかあの二人、妙に仲いいな」


 視線の先。

 ジュリアが、珍しく楽しそうに話していた。

 普段の鉄面皮ではない。


 合理性の噛み合う相手を見つけた時の、純粋な知的興奮。


「ジュリアがあんな顔して喋るの、ミリー以外じゃ初めて見たぞ」


「そうなのよね……」


 隣でミシュリーヌが、スープをぐるぐる混ぜながら頬を膨らませる。


 髪を編んでもらったり、物理的距離を詰めたり、幼馴染としての優位性は示せた。


 だが。


「多重中継時の魔力損失をどう抑えるかですが――」

「なら術式自体を圧縮した方が早いですね」


 会話の意味が、半分くらい分からない。


(なんかおもしろくない……)


 むすぅ、と頬を膨らませたところへ。


 ガタゴト、と大きな音。

 ジェラルドがトレイを持って現れた。


 そのままジュリアの斜め前へどっかり腰を下ろし、肉料理を口へ放り込む。


 数秒。


 何かを迷うように視線を泳がせたあと、ぶっきらぼうに口を開いた。


「なあジュリア」

「なんですか?」


「最近ずっと研究棟だろ。たまにはまた、剣付き合えよ」


 それは、ジェラルドなりの精一杯の誘いだった。


 だが。


 ジュリアは数式思考から視線だけこちらへ戻し、いつも通り淡々と言う。


「お兄様やリィンに頼めば良いのでは?」

「……は?」


「武術訓練であれば、私よりも彼らの方が適任でしょう。お兄様は技術型、リィンは実戦型です」


 正論だった。


 完璧に。


 だからこそ、ジェラルドは言葉に詰まる。


「……まあ、そうなんだけどよ」


 エドワードなら理論的だ。

 リィンなら実戦的だ。

 それは分かる。


 でも。

(なんか……そういうんじゃねえんだよな……)


 胸の奥に残る、説明できない引っ掛かり。


 強くなった自分を、あいつに見てほしい。

 あの冷たい瞳で、また真正面から剣を受け止めてほしい。


 そんな感情を、ジェラルド自身まだ上手く理解できていなかった。


 一方。


 ジュリアはすでにエリザとの会話へ戻っている。


「それなら多重通信時の誤差も――」

「ええ、かなり減るはずです」


 完全に二人の世界だ。


 ミシュリーヌが、なんとも言えない顔でジェラルドを見る。

 ジェラルドも、なんとも言えない顔でミシュリーヌを見る。


 通じ合った。


「なあミシュリーヌ、あの二人何話してるか分かるか?」

「全然」

「仲間だな」

「ちっとも嬉しくないわね……」


 ――置いていかれ組である。


 知性の怪物二人が盛り上がる長机の端で。


 幼馴染の少女と、脳筋少年だけが、それぞれ違う方向から、同じ寂しさを抱えていた。


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