ミリーのヤキモチ
――ジュリアがエリザの頭脳を“確保”してから数日後。
第拾八実験室は、完全にアークライト陣営の兵器開発拠点と化していた。
黒板一面を埋め尽くす術式式。
机上へ並ぶ黒粘土の試作品。
魔力結晶の赤青紫の光が、薄暗い実験室を脈動するように照らしている。
「エリザ、この装置。人間と魔物の区別は可能ですか?」
図面を指差しながら、ジュリアが静かに問う。
エリザは眼鏡をカチャリと押し上げ、数枚の術式紙をめくった。
「……現状では未対応ね。でも遠隔停止は可能よ。だから回収は可能」
「そうではありません」
「現在の仕様では、無関係な人間へ誤射する可能性があります」
「なるほど。それは欠陥だわ」
「はい」
「魔力判定演算を修正します」
「お願いします」
会話が早い。
感情がない。
しかも互いに説明が最小限で済んでいる。
ミシュリーヌは椅子の背もたれへ顎を乗せたまま、その様子をじーっと見ていた。
「…………」
自分が見つけた“おもちゃ”だった。
最初はただ、
石が変な色に光って、
面白い音を鳴らして、
なんか楽しい――そのくらいだったのだ。
なのに今では。
「範囲魔術の発動後に対象検出の感度が低下しています」
「ならば発火用の魔力供給源の質を上げましょう」
「それだと対処療法的な手段に思えますが」
「では演算と実行の魔力供給源を分離しましょう」
「合理的ですね」
「そうでしょう」
なんかもう、
自分の知らない言葉で会話している。
(……つまんない)
ミシュリーヌはむすっと頬を膨らませた。
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リィンが呼ばれる。
「リィン、この箱を地下水路の交差点へ設置してきて下さい」
「分かりました」
ジュリアから黒い箱を受け取ったリィンが、ふんふんと鼻を鳴らした。
「レテ・スウォームへ反応したら自動迎撃します」
「便利ですね」
「人間には反応しません」
「安心です」
会話が軽い。
内容は全然軽くないが。
実地試験は無事成功。
「良くやりました。ミリー、エリザ」
ジュリアが、珍しく柔らかく口元を緩めた。
「ええ」
「うん……」
エリザは誇らしげに胸を張る。
一方でミシュリーヌの返事は、どこか歯切れが悪かった。
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さらに数日後。
第拾八実験室では、ジュリアとエリザが並んで机へ向かう光景が、すっかり日常になっていた。
「ジュリア」
「なんですか? エリザ」
「第三区画だと湿気で燃焼が鈍ります」
「……なるほど」
「あと、レテ・スウォームの死骸が積もると探知精度が落ちますね」
「改良案を検討しておきます」
「お願いします」
「…………」
まただ。
二人の息はぴったりだった。
ジュリアの出す異常な発想へ、
エリザが恐ろしい速度で理論を組み上げる。
まるで最初から同じ設計思想で動いていたみたいに。
(……なんか、おもしろくない)
ミシュリーヌはむぅ、と唇を尖らせた。
ジュリアの隣にいたのは、自分だったはずだ。
危ないことをして。
変な物を作って。
怒られて。
でも一緒に笑って。
そういうのは、ずっと自分の役目だったのに。
気づけばエリザは、
当然みたいな顔をして、
ジュリアの“危険な領域”へ入り込んでいる。
技術の話では勝てない。
なら。
「ねえジュリア」
少しだけ甘える声で呼ぶ。
「なんですか? ミリー」
「髪編んで」
「どうして急に?」
「いいでしょ別に。気分転換」
ミシュリーヌは椅子をガタガタ引きずり、
ジュリアの真横へぴったり寄った。
距離は近い。
「……構いませんが」
ジュリアは不思議そうにしながらも立ち上がる。
そして自然な動作で、
ミシュリーヌの後ろへ回った。
さらり、と。
金糸みたいな髪を指先ですくう。
櫛が静かに流れ、
丁寧に編み込まれていく。
アークライト邸で何度も繰り返してきた、二人にとって当たり前の時間。
ミシュリーヌの顔が、みるみるご満悦になっていく。
(ふふん)
背中がそう語っていた。
カチ、と。
万年筆を置く音。
エリザが手を止めていた。
「……?」
灰色の瞳が、
じっと二人を見る。
いつものような、
術式を見る目ではない。
(……何かしら、これ)
理解できない。




