緋鉄と神鉱
新連邦中央庁舎。執務室。
ジュリアは王都の職人たちからの報告書に眉を顰めていた。
溜息一つ。
そこへノックの音が響いた。
ジュリアが入室を許可すると、現れたのは褐色の肌、黒い巻き髪、妖艶な琥珀の瞳。
「……ニヴ殿?」
鮮やかな口紅の口元が、ニッコリと微笑む。
「お久しぶりね。お邪魔だったかしら?」
「いいえ、とんでもありません。こちらこそご無沙汰しております」
ジュリアは立ち上がり、応接セットへと向かった。
「忙しかったのではないの?」
「いえ。先日まで仕事をサボって遠出していたものでして、自業自得です」
「そう」
そこへ奥からメイヴィエッタが、やや緊張した様子で淹れたてのお茶を並べにやってきた。
「あら、メイヴィエッタじゃない。息災そうね」
「は、はい。ジュリア様には大変良くしていただいております」
ニヴは少し愉しそうに目を細める。
「……ジルザスの里以外でダークエルフに会うのは新鮮だわ」
「ジルザス、ですか?」
「あなた達も行ったでしょう? あそこよ。かつてエルフが治めていたルナシルヴィスという国の成れの果てね」
「あそこが、元はエルフの国だったのですか」
「そうよ」
ニヴは紅茶を口へ運びながら、さらりと言った。
「私たちダークエルフが奪っちゃったわけだけれどね」
「……奪った、ですか」
学園時代にエイダンから教わった歴史では、人類がエルフを滅ぼしたことになっていた。
なのにこの女は平然と、異なる歴史を口にする。
「ま、今日はそんな話をしにきたのではないわ」
突然の切り替えに、ジュリアも紅茶を置いて居住まいを正した。
「要件をお聞きしても?」
ニヴの琥珀の瞳が静かに細められる。
「あなた達、オリハルコンの武器を作っているそうじゃない?」
穏やかな笑みのまま、ニヴは続ける。
「ボラクス鉱の流れ。中古武具の回収。職人の囲い込み。……ここまで揃えば、もう隠せないわ」
ジュリアは紅茶へ視線を落としたまま、何も答えなかった。
「ねえ」
ニヴはカチャリと、紅茶を置いた。
「一体、どこと戦うつもり?」
ジュリアはしばらく黙ったあと、意外そうに口を開いた。
「ダークエルフの皆さんは、もっと横の繋がりが強いものだと思っていました」
「どういう意味?」
「いえ。この話。魔導帝国ゼノビアの管理者、カドガン・ネラスィル氏が乗り気でしたから、てっきりご存知かと」
「ああ。あの子、人間に肩入れし始めてから、好き勝手やるようになったのよ」
ニヴはちょっと気に食わなそうに肩をすくめる。
ジュリアはこの流れではどうせ隠せないと思い、溜息を吐いた。
「相手はゼオガンダル山脈の向こう側、グンダラージャ帝国という、緋鉄の鎧の国です」
「……なるほど」
ニヴは静かに頷いた。
「ヒヒイロカネ」
その一言だけで十分だった。
ジュリアは目を剥いた。
「確かに、あなた方のミスリルでは歯が立たない」
一度だけジュリアを見る。
「だから、オリハルコンなのね」
「……そういうことです」
そこまで話を聞いたニヴは、茶菓子を上品に口に入れて、紅茶で一気に流し込んだ。
そして決定的な一言。
「あなた達、オリハルコンの加工に、苦労しているんじゃないの?」
ジュリアは思わず、先ほど読んでいた職人達からの報告書を思い出す。
「何故それをご存知なのです?」
ニヴは意味深に微笑んだ。
「少しは力になれるかもしれないわ」
ジュリアは内心で密かに舌を巻いた。
(さすがはダークエルフですね。まさかヒヒイロカネが既知の鉱石だったとは)
人類に伏せられていた情報。その一端が見えた気がした。
◇
その後、メイヴィエッタに案内されたニヴ・ドーンクレイグは、国際共同研究所を訪れていた。
目的は、エリザ・クロネッカーが主導しているオリハルコン製自律駆動型魔導兵器――アルケイネⅠ型の視察である。
職人一人ひとりへ技術を教えるより、研究者へ直接伝えた方が早い。
それがジュリアの判断だった。
アルケイネ解析区画。
ニヴは足を踏み入れた瞬間、小さく眉をひそめた。
白い猫耳を揺らす獣人の少女が、整然と資料棚を整理していた。
ニヴは思わず立ち止まる。
「……ちょっと待ちなさい」
少女がこちらを振り向く。
その立ち姿。
魔力の流れ。
胸の奥に感じる、どこか懐かしい気配。
ニヴは目を細めた。
「あなた……もしかして」
オメガが静かに振り返る。
「……あの時のアルケイネ?」
その横で、山積みになった仕様書と格闘していた白衣の少女が顔を上げた。
「え? ダークエルフ!? どうしてここに」
目の下には濃い隈。
寝不足なのは一目で分かる。
「失礼な方ね。ジュリアさんに呼ばれたのよ」
「……なるほど」
エリザはあっさり納得した。
「で、あれは、何かしら?」
ニヴは猫耳の少女から視線を離さない。
エリザの顔が少しだけ明るくなる。
「可愛いでしょう?」
「……そこを聞いたつもりじゃないわ」
「もちろん可愛いだけじゃないわよ!」
エリザは胸を張る。
すると、オメガがニヴに一歩近づき、滑らかにカーテシーする。 ほんの一瞬だけ間が空く。
「オメガ ト オヨビクダサイ」
ニヴの眉がぴくりと動いた。
「……喋るとは思わなかったわ」
少し考え込み、
「でも少し発声が硬いわね。動きに対して音声だけ浮いている」
「そこなのよ!」
我が意を得たりとばかりに、エリザは勢いよく机を叩いた。
「身体制御はかなり完成してるのに、音声だけがどうしても不自然なの! 遺跡にいた個体くらい自然に喋らせたいんだけど!」
「なるほど」
ニヴは納得したように頷く。
「マザー・アルケイネを参考にしたのね」
エリザが首を傾げる。
「マザー?」
「あの遺跡で中枢を務めていた個体よ」
「そんな名前だったのね」
エリザは興味深そうに目を輝かせた。
「だったら、もう一度会わせてもらえない?」
「まあ。ちょうどいいわ。ジュリアさんから、貴女にオリハルコンの加工技術について教えるように言われているし」
ニヴはそう言うと、後ろに控えていたメイヴィエッタに目配せを送る。
「かしこまりました」
メイヴィエッタは一礼すると、静かに転移門を展開した。
黒紫の門が音もなく開く。
そこから姿を現したのは――
蜘蛛の下半身と女性の上半身を持つ、非戦闘型アルケイネ。
ニヴは懐かしそうに微笑んだ。
「久しぶりね」
マザー・アルケイネは深々と頭を下げる。
「ニヴ様。御用でしょうか」




