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商人達の暗躍

 ダークエルフのニヴ・ドーンクレイグはアストライア王都のエルソンの商会を尋ねていた。

 彼女が南方の自由都市カナンからわざわざやってきたのは何も観光目的ではない。

 今回はカナン商会の顔役として直々にアストライア新連邦の視察に来ていたのだ。

 カナン商会と言えば港湾都市ポートモーナの大商会。そのトップに君臨するのがニヴ・ドーンクレイグである。

 アストライア新連邦でめきめきと勢力を拡大する、白の聖堂の黒幕、エルソン商会との提携経営を企んでいた。


「白の聖堂の噂は耳にしているわ。どうかしら。私にも一つ噛ませてくれない?」

 笑みを深めるニヴ。


 そんな得体の知れないダークエルフに、素知らぬ顔で笑顔を返すのは、エルソン商会のトップ、ジョシーエルソン。


「私も忙しい身で、大変光栄な提案です。しかし、私にも何かしらの利がなければ、おいそれとは看板をお貸しすることはできませんねえ」

「南方産の砂糖なら、優先的に回してもいいのよ」


「ありがたいお話ですが、当商会は今のところ困っておりませんので」

「ふうん。つれないわねえ」


「そう言えば」

 ニヴが紅茶を口へ運ぶ。


「近頃、ボラクス鉱の取引量がずいぶん増えているわね」

「そうでしょうか?」

 ジョシーは顔色一つ変えない。


「鋳物の加工には欠かせませんし。景気が良ければ、それくらい動くこともありますよ」

「そう」


 ニヴは笑う。


「でも、不思議なの」

「何がでしょう?」


「増えているのは原料だけじゃない」

 一拍置く。

「中古の武器や防具まで、市場からごっそり消えている」


 ジョシーは静かにティーカップを置いた。

「新連邦ですからね」


「ええ」

「軍制も変わりました。装備を更新する時期なのでしょう」


「更新、ね」

 ニヴは意味ありげに頷く。


「古い装備を回収して、新しい装備へ。自然な流れではありませんか」

「そうね」

 そこでニヴは微笑む。


「もし私が知らないだけで、もっと硬い金属でも見つかったのなら、なおさら自然だわ」

 ほんの一瞬だけ、ジョシーの目が細くなる。

「ニヴ殿は噂がお好きですね」

「ええ。だから儲かるのよ」

 平然と微笑むニヴ。


 初対面とは思えないほど穏やかな笑顔。

 だが、その場の空気は張り詰めていた。


 その様子に、息子のレオナード・エルソンは居心地悪そうに背筋を伸ばす。


「……レオナード」

 父ジョシーに呼ばれ、反射的に直立不動になる。


「は、はい!」

「その子を連れて、街でも案内して差し上げなさい」

「かしこまりました」


 レオナードはニヴの隣へ目を向けた。

 赤毛の少女が、店内の商品を興味津々といった様子で見回している。


「やあ。貴女もカナン商会の方ですか?」

「そうよ。貴方も私みたいに奉公に来ている人かしら?」


 思わずレオナードは苦笑した。

「いや、僕はこう見えて、あの人の息子なんだ。レオナード・エルソン。よろしく」

「カミラ・ヨーシャークよ」

 カミラはレオナードの服をじっと眺めて頷いた。

「なるほど。下積みの子にしては、ずいぶん仕立ての良い服を着ていると思ったわ」

 レオナードは思わず吹き出す。

「よく言われます」


 二人が振り返ると、ニヴとジョシーはまだ笑っている。

 それなのに、空気だけはぴりぴりと張り詰めていた。

「……長くなりそうですね」

「いつもなの?」

「父は商談になると、ああなんです」

 カミラは二人を見比べ、小さく肩をすくめた。


「笑ってるのに、ちょっと怖いわ」

「僕も子供の頃はそう思ってました」

 少し沈黙が流れる。

「よければ、市場でも見ていきます?」

「いいの?」

「どうせ、二人とも当分終わりませんから」


 ◇


「どうです? 王都の市場は」

 カミラは周囲を見回し、少し首を傾げた。

「思っていたより静かね」

「静か、ですか」

「ポートモーナは港に船が入るたび値段が変わるもの。怒鳴り声も競り声も一日中聞こえるわ。でもここは違う」

 彼女は穀物店、鍛冶屋、布商を順に眺める。

「みんな同じ顔で売ってる。……誰かが裏で量を調整してる市場ね」

 レオナードが目を瞬かせた。

「そこまで分かるんですか?」

「数字を見るのが仕事だから」

 カミラは当然のように答える。

「鉄、革、保存食、荷馬車。全部じわじわ上がってる。でも暴騰はしていない。つまり、買い占めてるのに市場を壊さないよう、誰かが抑えてる」

「……軍需」

「たぶん。それも、かなり計画的な」

 レオナードは思わず父の商談を思い出した。金属相場、食料の動向。どこかで戦争でも始まるのだろうか。

「父がニヴ様と話していたのも、その件か……」

 感心して隣を振り返った。


「……カミラさん?」


 返事がない。

 数秒前まで確かにそこにいたはずの赤毛が、どこにも見当たらない。

 レオナードが「え?」と声を漏らして左右を見回した頃には、もう影も形もなかった。

 ほんの一瞬、「軍需」という言葉に思考を奪われた、わずか五秒足らずの間のことだった。

「えぇっ!? どこ行ったんですか!?」

 慌てて人混みをかき分ける。


 神隠しにでもあったのかと冷や汗が流れたその時、はるか遠く——市場の反対側にある干物専門店の前で、見覚えのある赤毛がぴょんぴょん跳ねているのが見えた。

 直線距離にして、ゆうに三十メートルは離れている。

「レオナードさーん! この干物、南方より一割安いです! 運賃を引いてもカナンに流せば利益が出ますよー!」

「そっちじゃないです! 動かないで、その場でじっとしていてください!」

 レオナードは必死に人混みを泳ぎ、ようやく彼女の腕を掴まえた。

 息を切らすレオナードの隣で、カミラは「えへへ」と呑気に笑っている。

「まったく。突然いなくなられると心臓に悪いです。僕の隣から離れないでください」

「すみません。でも、離れたつもりはなかったんですよ? ほら、さっきの布屋さんの角を右に曲がって、そのあと……」

「僕たち、ずっと直進しかしてませんよ」

「えっ? じゃあ、このお店はどこから生えてきたんですか?」

 本気で不思議そうに首を傾げている。

「私、数字の桁は絶対に間違えないんですけど、曲がり角の数は一回多く数えちゃうみたいで。だから営業から経理に強制配属されたんです」

 一拍置いて、にっこり笑う。

「あ、でも、迷子になってもその土地の最安値の店には絶対たどり着けるんですよ?」

「……何の自慢ですか、それ」


「……ああ、そういえば」

 レオナードは何かを思い出したように額へ手を当てる。

「カミラさんって、学園時代の野外実習で……」


 暗黒洞窟。

 ジュリア達が魔族と死闘を繰り広げる一方、カミラはゴルジェイと共に迷子になり、行方不明者として大騒ぎになった。

 そして戦いが終わった頃。

 光る巨大なキノコを抱えたまま、何事もなかったようにひょっこり戻ってきたのだ。

 あの時の光景は、今でも妙にはっきり覚えている。


「……なるほど」

 レオナードは苦笑した。

「迷子の才能は、今でも健在なんですね」


「あ、覚えていてくださったんですか?」

 カミラはぱっと顔を輝かせる。

「えへへ。嬉しいです」

「……喜ぶところですか? それ」

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