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オメガの進化とカルナの焦燥

 ニヴはマザー・アルケイネにオメガへの音声機能の改善とエリザへのオリハルコン加工技術の開示を命じた。


「かしこまりました」


 そう言うとマザー・アルケイネは、オメガを一周するように歩き、各部を静かに観察した。

 瞳が淡く明滅する。

「解析完了」

 滑らかながらも感情の起伏を感じさせない声が響く。


「兵器であるアルケイネⅠ型を、人類社会へ擬態させて運用するという発想は非常に興味深いです」


 エリザが得意げに胸を張る。


「でしょう?」

「ですが」

「なによ?」


 マザーは淡々と続けた。


「猫耳、尻尾、人体比率の変更により、重心位置が最適解から逸脱しています」

「……」

「その補正に演算能力の一七・二パーセントを消費」

「……」

「脚部出力も一二・四パーセント低下」

「……」

「純粋な戦闘能力は、従来型アルケイネと比較して著しく劣化しています」


 沈黙。

 エリザは腕を組み、深く息を吐いた。


「評価項目が不足していますね」


 マザーは首を傾げる。


「不足?」

「ええ」


 エリザは当然のように頷く。


「確かに戦闘能力は低下しています。――ですが」


 一度オメガを見る。


「"可愛さ"の評価が含まれていません」


 更にドヤ顔になり、


「そのため、その解析結果は評価基準が不完全と言わざるを得ません」


 そう言ってから、我ながら完璧な理論とばかりに頷いた。


 マザーは数秒停止した。


「理解不能」


 その横で、ニヴはゆっくりと紅茶を一口飲んだ。


「……まあ、理解できないのも無理はないわ。Ⅱ型の演算領域では、こんな運用は想定外でしょうから」


 カップを静かに置く。


「でも、戦闘だけが兵器の役目ではないわ」

「潜入任務なら、人間に擬態する価値はある。そして、人間社会へ溶け込むなら――」

「人に好かれなければ意味がない」

「でしょう?」

 エリザが得意げに腕を組む。しかし、実際にはただの趣味であり、潜入任務には使っていないなどとは口が避けても言わない。


 ニヴは肩を竦めた。

「もっとも……」


(……戦闘機能を削って量産すれば、家庭向け市場が開拓できそうね)


 そしてオメガを眺める。


(……でもケモ耳と尻尾は不要ね。演算領域を割くほどの費用対効果は感じないわ)


 数秒後。


 マザー・アルケイネが静かに告げた。


「戦闘能力とのトレードオフを確認」

「『可愛さ』による戦略的優位性は不明。追加検証が必要です」


 ◇


 報告書を読むジュリア。


「よくエウラーリア様を説得できましたね」


 ジェラルドとミシュリーヌがゼノビアの東方遠征に参戦することになったらしい。


「本当は私が行きたいところなのですが」


 ジュリアは報告書を閉じ、小さく息を吐いた。


 東方遠征の準備は着実に進んでいる。

 オリハルコン兵器の量産も、あと一歩。


(今は焦って動く時ではありません)


 理屈では分かっている。

 それでも胸の奥は落ち着かなかった。


 近頃は、ジェラルドやミシュリーヌが何か隠しているようにも思える。

 東方遠征の準備なのだろうと頭では理解している。

 それでも普段なら気にも留めないことまで、妙に引っ掛かってしまう。


(……原因は分かっています)


 その苛立ちの理由も、自覚していた。


(さすがに四年も続けば分かります。女の体とは、こういう時に不便ですね)


 ジュリアは気を紛らわせるように紅茶を口へ運び、窓の外へ目を向けた。

 視線の先には、アークライト邸。


「カルナも、今頃は不安な毎日を過ごしているのでしょうか」


 静かに呟き、冷めかけた紅茶を飲み干した。


 ◇


 報告会議の翌日から、カルナは一人で剣と魔術の練習を続けていた。

 何かをしていないと、落ち着かなかった。

 そんなある日、ジェラルドとミシュリーヌが現れた。


「よおカルナ。頑張ってるみたいだな」


 二人は東方調査団に参加していた若者だ。ジュリアの仲間であり、黒龍を倒した英雄たちでもある。


 ジェラルドは木剣を軽く振って見せた。


「焦る気持ちは分かる。でも焦って強くはなれねえ」

「……」

「俺も最近、それを思い知らされたからな」


 ミシュリーヌも魔術の術式を教えながら言う。


「ジュリアは今、別の戦いをしてるわ」

「別の?」

「国を動かす戦いよ」


 カルナは黙った。

 あんなに若い少女が国を動かしている。

 それなのに自分は、何もできずに待っているだけだ。


「……俺にも、何かできることはないか?」


 ジェラルドはニヤリと笑った。

「これから東方に殴り込みに行くんだろ?」


 カルナは頷く。


「だったら強くならなきゃいけない」

 そしてジェラルドは、まるでいたずらを思いついたように言った。


「カルナ。冒険者になってみないか?」

 その時のカルナには、意味がよく分からなかった。


 だが後になって理解する。

 ジェラルドたちは、剣の振り方だけではなく、乱戦で戦う術を教えようとしていたのだ。


 ◇


 冒険者ギルド。

 石造りの建物へ足を踏み入れた瞬間、酒と革鎧と鉄の匂いが鼻をついた。

 昼間だというのに、屈強な冒険者たちが依頼書の前で騒ぎ、受付の男性は慣れた様子で手続きを捌いている。


「初めての登録ですね。お名前は?」

「カルナだ」


 受付係が羊皮紙へ羽ペンを走らせる。

 俺は周囲を見回しながら、小さく首を傾げた。


(……俺は何をしに来たんだ?)


 アディを助けたい。

 そのために強くなりたい。


 だが、冒険者になることがどう繋がるのかは、まだ理解できなかった。

 そんな俺を見て、ジェラルドが笑う。


「納得してねえ顔だな」

「……」

「剣だけ強くても戦争じゃ勝てねえ」


 ジェラルドは壁に貼られた依頼書を指差した。


「冒険者ってのはな。魔物退治だけやる奴じゃねえ」

「護衛、偵察、探索、救助、罠の解除、野営、地図作り……」

「全部、実戦だ」


 カルナは黙って聞いていた。


「一人で戦える奴なんていくらでもいる」


「でもな」

 ジェラルドは少し真面目な顔になる。


「仲間と生きて帰れる奴は意外と少ねえ」

 その言葉に、カルナはアディの顔を思い出した。


「だから、お前にはそこを覚えてもらう」


 隣でミシュリーヌも頷く。

「今回は私たちも同行するけど、手は出さない」


「自分で考えて、自分で判断して。それが今のあなたの仕事よ」


 カルナは小さく頷いた。


「……分かった」


 受付係が手続きを終え、木札を差し出す。


「これで登録完了です。初回依頼はこちらになります」


 差し出された依頼書には、大きく書かれていた。


『オーク集落周辺の安全確認』


 ジェラルドが笑う。

「最初はこんなもんだ」


 現地到着。


「じゃ、頑張れ。危なそうなら助けてやる」

 ジェラルドがカルナの背中をぽんと叩いた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫」

 ミシュリーヌも笑顔で手を振った。


「ちゃんと後ろで見てるから」


 二人はそう言って森の中へ消えていった。


 ――そして現在。


 カルナはオークの村の前に、一人立っていた。

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