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ジェラルドとミシュリーヌの作戦

 会議が終わり、中央庁舎の廊下を歩くジェラルドとミシュリーヌ。

 ジュリアは次の会議に向かうと言い、分かれた。


 魔導帝国ゼノビアの協力があっても、ジュリアは国家元首として動きづらそうだ。

 そんな中、報告会議に参加してはいたものの、ジェラルドとミシュリーヌは顔を見合わせる。


「これ、ジュリア。動けないんじゃないのか」

 ジェラルドが小声で言う。

「そうね」


 二人は今まで、ジュリアという幼馴染に流されるように生きてきた。

 そんなジュリアは会議の中心で大人たちと対等に議論を交わしている。


 ジェラルドは黒龍戦で英雄になった。だが、その剣はジュリアから教わったものだ。

 だが政治の舞台では何もできない。


「俺さ……結局、助けられてばっかりだな」

「私も」

 ミシュリーヌは苦く笑う。


 ミシュリーヌもまた、黒の魔力を持ったことで未来を失いかけた。あの日、ジュリアが手を差し伸べなければ、今ここにはいない。

 しかし、ジュリアに何も返せていない。


「『一人で抱えるな』なんて言ったのに、一番ジュリアに頼っていたのは私達だったわね」


 ジュリアの代わりに動かなければならない。

 二人は静かに頷き合った。


「ゼノビアの救出作戦に参加するにしても、大人たちの許可をもらえないと動けないわ」

 ミシュリーヌが言う。


「ん? 勝手についていくんじゃ駄目なのか?」

 ジェラルドは驚いたように言う。


「前回は緊急事態だったのと、ジュリアと一緒だったから許可をもらえただけよ」

「そう言えばそうだったな」


「あんたの家は自由に動けるかもしれないけど、私は基本的に謹慎みたいなものだもの」

 ミシュリーヌがうんざりしたように言う。


 ミシュリーヌの能力は特殊だ。

 魔族でさえ真似できない世界改変の力。さらに、一度見た術式をその場で模倣してしまう異常な才能も持つ。

 国家として放置できる力ではない。だからこそ、ジュリアと共に行動する時以外は抑制するよう、母であるエウラーリアからも厳しく言い渡されていた。


「それ、お前の普段の行いが災いしてるんじゃないのか?」

「あんたまで私をバケモノ扱いするわけ?」


「冗談だって。お前も苦労してるな」

 ジェラルドは肩をすくめる。


「でも、そうか。ついて行くにしても、大人たちに明確なメリットを提示しなきゃいけないんだな」

「そう言うことよ」

「大人ってめんどくせえよな」


「でも、ジュリアならちゃんと考えるわ」

「たしかにな」


 ジェラルドはグンダラージャ戦で苦戦した原因を考える。

 あの赤い鎧。

 現在の新連邦の通常武器である、ミスリルでは対抗できない超硬金属ヒヒイロカネ。

 せめてオメガの使うような、オリハルコンの武器が欲しい。


 昔の記憶が蘇る。

 ヴァランタン家のミスリル鉱山。

 その奥にあった、巨大な黄金色の鉱石柱。


 つまり、国内でオリハルコンを産出しているのはヴァランタン家だけだ。

 しかしオリハルコンは伝説の神鋼。あれだけの量があっても、大っぴらにできない。

 だから流通は秘密裏で行われている。


「なあ。ヴァランタン家のオリハルコン。あれを融通してもらうことって出来ないのか?」

「私の一存では無理ね。学園時代に私がこっそり鉱山からくすねていたのがバレちゃってて、それ以降近付かせてもらえないわ」

「まじかよ」


 ミシュリーヌでは父親のランベールや母親のエウラーリアを説得することは難しそうだ。


 ふと、ある友人の顔が浮かぶ。

 ジュリアの兄。エドワード。現在はアークライト家の嫡男として、領地運営にとどまらず、国策にも少なからず影響力を持つ。


「エドに相談してみるか」

「なんで急にエド?」


「あいつなら、お前の親を説得できそうじゃないか?」

「……どうかしら?」


 ミシュリーヌは首を傾げる。

 彼女には、妹であるジュリアに懸想していた、頼りないエドワードの姿しか思い出せなかったからだ。


 ◇


 中央庁舎を出た二人が、アークライト邸を尋ねると、やや大人びたエドワードが懐かしそうに二人を迎え入れた。


「久しぶりじゃないか。ジェド、ミリー」


 学生時代の友人達に笑顔を漏らすエドワード。

 その隣には笑顔でカーテシーするエドワードの婚約者。ヴェロニカ・オルディナール。


「はじめましてジェラルド様、ミシュリーヌ様」


 気まずい空気になる二人。


「ええと、もしかしてお邪魔してしまいましたか?」

 ミシュリーヌが恐る恐るヴェロニカに問いかける。


「そんなは事ありません。エドワード様のご友人の方々とお会いできるのは私も光栄です」

 ヴェロニカはそう言って屈託のない笑顔を漏らす。


「そうだな。ヴェロニカのことを二人にも紹介したいし、ちょうどいい機会だ」

 エドワードも頷いた。


 二人がサロンへ通されると、エドワードは早速訪問の用件を尋ねた。


「なるほど。動けないジュリアの代わりに、二人が東方へ向かう、と」

「ああ。でも相手が厄介なんだ」

 ジェラルドは腕を組む。


「敵の鎧がミスリルより硬い金属でできてる。普通の武器じゃ歯が立たねぇ」

「そこで、オリハルコンですか」

「ああ。何とかヴァランタン家から融通してもらえねぇかなと思ってさ」


 エドワードは顎へ手を当てる。

「……ヴァランタン家を説得するとなると、僕でも簡単ではありませんね」


「やっぱりか」

 重い空気が流れる。


 その時だった。


「少し、整理してみませんか?」

 穏やかな声で口を開いたのはヴェロニカだった。


 三人の視線が自然と彼女へ集まる。


「皆様は、ヴァランタン家がアークライト家に対して恩義を感じている、という点については共通認識なのでしょうか?」


 エドワードが頷く。

「それは間違いありません。父と公爵家であるヴァランタンがこれだけ密接に関わるようになったのは、恩義あってのことでしょう」


「では、その恩義とは具体的に何でしょう?」

 問い掛けられ、皆が少し考え込む。


 最初に口を開いたのはジェラルドだった。

「まずはアビス・ターマイト討伐だろうな。あれでオリハルコン鉱脈が見つかった。うちのランカスター家も、それでヴァランタンと組めるようになったからな」


「私の黒の魔力の件もあるわ」

 ミシュリーヌが続ける。


「ジュリアがいなかったら、私は今でも軟禁されたままだったかも」


 エドワードも思い出すように頷く。


「オリハルコンの流通もそうですね。ベルンシュタイン家やエルソン商会との橋渡しも、ジュリアがいなければ始まりませんでした」


「それに」

 ミシュリーヌが小さく息を吸う。


「ジュリアを国家元首に据える案を出したのも、お母様だった」


「なるほど」

 ヴェロニカは静かに頷いた。


「つまり現在のヴァランタン家は、その発展の節目節目でアークライト家、もといジュリア様から大きな助力を受けてきたということですね」


 三人は黙って頷く。


 ヴェロニカはそこで初めて、自分の考えを口にした。


「でしたら、一つくらい、お願いを申し上げても、不義理には当たらないのではないでしょうか」


「お願い?」

「はい」


 ヴェロニカは穏やかな口調のまま続ける。


「私はアークライト家の婚約者という立場になって日が浅いですが、一つだけ感じていることがあります」


 そして、かき混ぜていたティースプーンを、ソーサーにそっと置いた。


「ヴァランタン家は、受けた恩に対して返そうとしているものが、少し偏っているように思えるのです」


「偏っている?」

 ミシュリーヌがコテンと首を傾げる。


「ミシュリーヌ様は、ジュリア様と婚約なさっていますよね?」

「ええ。そうね」


「もちろん、この婚約を否定するつもりはありません」


 ヴェロニカは柔らかく首を振る。


「ですが、恩義というものは、婚姻だけで返せるものではないと思うのです」


 静かな言葉だった。


「今、ジュリア様がお困りなのであれば、その助けとなることもまた、恩に報いる一つの形ではないでしょうか」


 サロンが静まり返る。


 最初に口を開いたのはミシュリーヌだった。


「……言われてみれば」

 苦笑する。


「私、婚約のことばかり考えてた」

 そして少し肩をすくめた。


「でも、お母様達、それで返したつもりになってるけれど、それ以外で何も返せてないじゃない」


 エドワードも納得したように笑う。


「なるほど。それならば、父上達も巻き込んで話を通す手もありですね」


 ジェラルドは拳を握った。


「よし。やることが決まったな」

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