東方調査報告会議
翌朝。
ジュリアはまずカルナの様子を見に、アークライト邸の客間を訪れた。
「おはようございます、カルナ。怪我の具合はいかがですか?」
「もう痛くありません」
「それは良かったです」
カルナは少し俯く。
「……昨日は、本当にすみませんでした」
「何がですか?」
「皆さんを巻き込んでしまって……」
ジュリアは静かに首を横へ振る。
「あれは私たちが選んだことです。カルナが気に病む必要はありません」
そう口にしながら、昨日のことを思い出す。
ミシュリーヌやジェラルドに、本気で叱られたことを。
(……私も、人のことは言えませんね)
思わず苦笑が漏れた。
「それより、眠れましたか?」
「……はい。あんなにふかふかのベッドで寝たのは、初めてでした」
それを聞いて、ジュリアは思わず笑みをこぼした。
「それは何よりです」
◇
会議室に集まったゼオガンダル山脈遺跡調査隊の面々。
結果報告を待つ、エウラーリア・アストライア・ヴァランタン。
そして、その席には切り揃えた前髪に短い黒髪のダークエルフ、カドガン・ネラスィルの姿もあった。
「カドガン様?」
「やあ。ジュリア嬢」
カドガンは手を振りながら軽い口調で言う。
「なぜ、あなたがここにいらっしゃるのでしょうか」
ジュリアが不思議そうに尋ねる。
「あれ、言ってなかったっけ? 僕、ジークムント様付きの執事なんだ」
おどけるように言うカドガン。
「皇帝の執事ですか。……想像以上に、中枢に近いお立場だったのですね」
ジュリアは呆れながらも、少しぼかして言う。ダークエルフが世界の管理者であることを知るのはごく一部だからだ。
「あっははは」
無邪気に笑い、全く悪びれないカドガン。まるで道化師のようである。
そこで、パチンと扇を畳む音。
「そろそろ、始めてくださるかしら」
エウラーリアが話を促す。
ジュリアが居住まいを正し、今回の東方遠征の経緯を話す。
遺跡のダンジョン化。
古代ドワーフの技術。
ゼオガンダル山脈の風の結界。
そこで発見された魔術については、ゲルダ主任とエリザが補足する。
次にグンダラージャの兵士の遺体。
その辺りから、会議の空気が変わった。
カルナとの出会い。
そして、カルナの救出作戦。
視線が一斉に異国の少年、カルナに移る。
沈黙。
最初に口を開いたのはエウラーリアだった。
「ジュリアさん。あなた、自分が国家元首だという自覚がありますか?」
ピシャリと言うエウラーリア。
メンバーの中で一番冷静だったジュリアであったが、それでも感情に流されていた事を指摘されると否定できなかった。
「申し訳ありません。あの場でカルナを見捨てるという選択肢は、私にはありませんでした」
エウラーリアの視線を浴びて、カルナがシュンとなる。
「しかし、そのグンダラージャとやらへ再戦するには大義名分が足りません」
「まず、地理。古代ドワーフ遺跡を抜けて彼の国が西側へやってくるにしても、その入口はゼノビア帝国側です」
「はい」
「たとえ山脈の南側だとしても、間にはエンギュロイ森林国があります。我が国とは接していない」
「はい……」
「彼らの目的が神鳥シームルグだという話が本当だとして、シームルグを追う行動を取るにしても、我が国がシームルグを守る義理はない」
「はい……」
「じゃあ、彼らと戦うことで得られる、我が国の利点は何かしら?」
エウラーリアの言葉に、反論できないジュリア。
「ジュリア。このままじゃ、アディとの約束を守れないままだ」
俯き、拳を握るカルナ。
カルナは救出までの時間を案じているのだろう。
だが、捕虜がすぐ処刑される可能性は低い。
敵将は救出作戦を警戒していた。ならば、捕虜にはまだ利用価値があると判断しているはずだ。
(少なくとも、時間はまだあります)
そう結論づけ、ジュリアはカルナへ視線を向ける。
(ですが……)
その程度の推測では、カルナは納得しない。
まして、それはエウラーリアを動かす理由にもならない。
ジュリアが言葉を探していると、不意に会議室へ笑い声が響いた。
「あっははは。難しい話になってきたねぇ」
笑っていたのは、ダークエルフのカドガン・ネラスィルだった。
エウラーリアが扇で口元を隠し、視線を向ける。
「何か、ご意見でも?」
カドガンはにこやかなまま頷く。
「その救出作戦。もしよろしければ、我々魔導帝国ゼノビアにお任せいただけませんか?」
「構いませんが」
エウラーリアは静かに返す。
「帝国として動く理由は、どうなさるのです?」
「理由、ですか」
カドガンは首を傾げる。
そして、くすりと笑った。
「たぶん、そんなものは後から付いてきますよ」
ジュリアが目を瞬かせる。
「国家で動く以上、大義名分は必要ではありませんか?」
「普通の国ならね」
カドガンは肩をすくめた。
「でも、うちの皇帝陛下は少し変わっているんだ」
「困っている人がいる。助けられる力がある。だったら助ける。まず、それなんだよ」
「ほら、黒龍戦の時もそうだったでしょう?」
カドガンがいたずらっぽく指を立てた。
「僕はあの時も『危険ですから、おやめください』って止めたんだけどね」
肩をすくめる。
「全然、聞いてくれなかった」
黒龍戦を知る者達の脳裏に、あの光景が蘇る。
北方砦。黒龍と対峙する絶望的な戦場。
その上空へ、堂々と姿を現した魔導帝国の軍用飛空艇。
会議室の面々は、腑に落ちたように沈黙する。
「まったく。ジーク坊らしいですな」
老ドワーフのバルトルト・グリムゾンが同意する。
「でしょう?」
カドガンも懐かしむように笑った。
「僕はジークムント様がまだ小さな頃からお仕えしているけれど」
「陛下は昔から、そういうお方だ。だから今回も――」
一度だけ断言するように言う。
「放ってはおかれないよ」
そう言うと、カドガンはカルナへそっとウインクした。




