突入。グンダラージャ陣地へ
野営の天幕と大勢の兵士たち。兵士たちの怒号と戦象のいななきが混じる喧騒。
水田と湿地を抜ける冷たく湿った風が、はためく旗の音を運んでくる。
グンダラージャ帝国・前線司令部天幕。
「何? 侵入者を捕らえただと?」
グンダラージャ皇帝アルサメス・ヴィンダファルナより前線指揮を任されるセス将軍は、報告書から顔を上げた。
「はい。未明、捕虜収容用の天幕へ侵入したところを取り押さえたとのことです」
「何者だ。侵入経路は判明したか」
「カルナという少年です。しかし侵入経路は不明。尋問にも口を割らず、依然として分かっておりません」
セスは眉をひそめる。
「捕虜の天幕に侵入……。身内でもいたのだろう」
報告書を机へ置く。
「救出作戦にしては杜撰だな」
「はい。組織的な作戦には見えません」
「だろうな」
しばらく沈黙が流れた。
(身内を助けるため、たった一人で敵陣へ潜り込んだか)
無謀だ。
だが、その行動を笑う気にもなれなかった。
セスは静かに椅子へ背を預ける。
(……我々もまた、当初の目的を見失っている)
ヴォラ・ロカスト災害で荒廃した大地を救うため。
神鳥シームルグを求め、周辺諸国を併合しながら軍を進めてきた。
それがいつしか、戦線を維持すること自体が目的になってしまった。
神鳥はゼオガンダル山脈を越え。
帝国軍だけが、山脈の麓で足を止めている。
振り返れば、進軍した国々には憎悪だけが積み重なり。
前線には、家族を人質に取られた兵士が並ぶ。
(……急ぎすぎたか)
深く、長いため息が漏れた。
その時だった。
ドォォォォォン!!
地面を揺るがす轟音が響き渡る。
天幕がびりびりと震え、天井から砂埃がぱらぱらと落ちた。
「――何事だ!」
司令部の空気が一変する。
幕を跳ね上げ、一人の伝令が息を切らして飛び込んできた。
「報告! 物資集積所が爆破されました!」
「何だと」
「兵糧を保管していた天幕です! 火が燃え移っています!」
周囲の将校達が一斉にざわめく。
「兵糧が!」
「消火を急がせろ!」
「近くの火薬は無事か!」
怒号が飛び交う中。
セスだけは静かだった。
顎へ手を当て、ゆっくりと目を細める。
「……なるほど」
その一言に、周囲が静まる。
セスは小さく息を吐いた。
「単独犯ではなかったか」
捕らえた少年。
侵入経路不明。
そして、この絶妙なタイミングでの爆破。
偶然にしては出来すぎている。
「陽動だ」
低い声で断言する。
「本命は別にある」
その瞬間、司令部の空気が凍りついた。
「捕虜の天幕から目を離すな」
◇
尋問室。
カルナは二人の兵士に囲まれたまま、うつむいていた。
「強情な奴め。いい加減に吐け!」
ヒュッ――という風切り音。
次の瞬間、鞭が肩を裂いた。
「っ……!」
服は裂け、赤い痕が幾筋も走る。
それでもカルナは、〈転移〉の術式についてだけは口を閉ざした。
(これだけは話せない)
話せば、ジュリア達の存在が知られる。
自分だけならまだいい。
皆を巻き込むわけにはいかなかった。
その時だった。
ドォォォォォン!!
遠くで爆発音が轟く。
地面がわずかに震え、天幕が揺れた。
「何だ!?」
「敵襲か!?」
二人の兵士は顔を見合わせると、慌ただしく外へ飛び出していく。
その直後。
「ぐっ……!」「がっ――」
短いうめき声が二つ。
何かが倒れる音。
カルナが目を見開いた、その時。
背後から声がした。
「カルナ。お待たせしました」
聞き慣れた声だった。
「……ジュリア?」
振り返ると、白銀の髪の少女が立っていた。
「ジュリア様。お急ぎ下さい」
入口では、黒い猫耳の少女――リィンが周囲を警戒している。
ジュリアは小さく頷くと、そのままカルナの前へしゃがみ込んだ。
「お前達……何でここに……」
「何を驚いているのですか」
呆れたように言うジュリア。
「あなたこそ、自分がどれほど無茶をしたか、自覚はあるのですか?」
口調は冷静だった。けれど縄を外す手は、迷いなく縄を解いていく。
「……すまない」
カルナは小さく俯く。
「迷惑をかけた」
「謝罪は後です」
最後の拘束を切り落とし、ジュリアは立ち上がる。
「今はここを脱出します」
その言葉に、カルナもようやく立ち上がった。
「クライヴさん達が陽動を仕掛けています。その隙に合流して撤退します」
ジュリアの懸案にカルナが思わず叫ぶ。
「待ってくれ!まだ終わってない!アディを置いて帰れない!」
ジュリアは一瞬だけ目を閉じた。
そして静かに答える。
「分かっています」
「なら――!」
「ですが」
その一言が、カルナの言葉を止めた。
「今の私達に救出できるのは、あなた一人です」
「……っ」
「敵は数千規模。こちらは十数名。捕虜全員を連れて脱出するだけの戦力も、輸送手段もありません」
一つ一つ、現実を積み上げるように言う。
「無理です」
短いその言葉が、何より重かった。
「でも……!」
カルナは拳を震わせる。
「約束したんだ……!」
ジュリアはそんなカルナを真っ直ぐ見つめる。
「だからこそ、生きて帰ります」
「……?」
「生きて帰り、戦力を整え、必ず助けに戻る」
ジュリアは迷いなく言い切った。
「ここであなたまで捕まれば、その約束は二度と果たせません」
その言葉に、カルナは唇を強く噛んだ。
反論できなかった。
ジュリアはそっとカルナの肩に手を置く。
「約束を守るためにも、今は撤退します」
「……はい」
その返事は、小さく震えていた。




