ドワーフの研究室
居間へ戻ると、冷めた朝食がそのまま残っていた。
「スープ、冷めちゃいましたね」
リィンが木椀を覗き込む。
「温め直しましょうか?」
「そうですね」
ジュリアは頷いた。
「せっかくセレスさんが作ってくださったのですから」
リィンは鍋を持ち、皆の器を回収していく。
その様子を見ながら、バルトルトが口を開いた。
「じゃが、どうする?動くにしても土地勘がないしのう。ジュリア殿はもう地図はもらったのか?」
「……そうでした」
ジュリアは額へ手を当てた。
「まだ、まだ頂いていませんでした」
「ジュリア殿にしては抜けておるな」
「全く持って返す言葉もありません」
苦笑しながら息を吐く。
「まずは地図を探しましょう。きっとこの家の何処かにあるでしょうから」
「ふむ。だとするなら、二階の奥の研究室かのう」
◇
朝食を終えると、『蒼穹の道標』は森へ探索に出かけた。
家の中でじっとしていられなかったのだろう。
ジュリア達は二階の研究室へ向かう。
「……ここはとても、ドワーフらしいですね」
「第一声がそれか」
バルトルトが呆れたように笑う。
「居間でも同じことを言っとったが」
無理もなかった。
雑多。
一言で言えば、まさにそれだった。
部屋は、盗賊でも入ったのかと思うほど散らかっている。
机にも床にも棚にも。資料、資料、資料。
ゼオガンダル遺跡についての詳細な調査記録。
そこで発見された鉱石や、その性質についての考察。
東方の魔術体系に関する研究。
魔道具の技術的研究。
生き別れたドワーフ族や、ドワーフ王家についての文献。
マドラ国やグンダラージャ帝国についての観察記録。
アトネータイの観察記録。
シームルグの生態についての考察。
ヴォラ・ロカスト(蝗害)の発生記録。
そして──カルナ自身について書かれた覚え書きまで混ざっていた。
「……なぜ、分類して保管しないのでしょう」
ジュリアは積み上がった資料の山を見つめる。
「ドワーフには、乱雑に積み上げられた資料の中から目的の資料だけを見つけ出す特殊能力でもあるのですか?」
資料についた埃をふっと吹き飛ばしながら言う。
「資料の積み方には、その時の思考や流れが染み付いとるんじゃ。じゃから、どこへ置いたかは案外覚えとるものよ」
バルトルトは全体を俯瞰するように、目を細める。
「そんなものなのですか?」
「少なくとも儂はそうじゃ。……もっとも、儂ならこんな雑な積み方はせんがの」
「エリザさんも似たようなものでしたよ。机の上はいつも資料の山でした」
共同研究所で長くエリザと組んできたゲルダが補足する。
「言われてみれば、学園の研究棟でもそうでしたね。研究者というのは、そういうものなのでしょうか」
ジュリアはそう言って、学園の第拾八実験室を思い出した。
まだ、たった四年前のことだ。
計算式を書き連ねた植物紙が山のように積まれた机。
術式や演算式で埋め尽くされた黒板。
まるで、遠い昔の出来事のように思えた。
「ねぇ。ジュリア」
ミシュリーヌが横に座り、グンダラージャ帝国の資料を見ながら、難しそうな顔をする。
そして、耳元で囁いた。
「転生前のジュリアは誰と戦ってたの?こいつらってあんたの敵だったの?」
ジュリアはハッとして、思わずミシュリーヌの顔を見返す。
「……どうして、そんな事を?」
「ううん。もしもジュリアの前世の敵がこいつらだったなら、あたしがぶっ倒してやろうかなって思ってさ」
ミシュリーヌが不敵に微笑む。
「違いますよ。前世の敵は魔族だけでした。ダークエルフとも出会わなかったし、シームルグとも会いませんでした。前世はもっともっと、シンプルだったんです」
「なんだ。あたし達。まだそんなところで死んじゃってたんだ」
ミシュリーヌは、くすりと笑った。
ジュリアも釣られて笑った。
「今度は、ちゃんと一緒だからね」
「……?」
「前世のジュリアは、一人で抱えて、一人で死んじゃったんでしょ?」
ジュリアは答えられなかった。
「だから」
ミシュリーヌは笑ったまま言う。
「もう一人にはさせない」
ジュリアは照れたように視線を逸らした。
「貴女って人は……どの世界でも変わりませんね」
「よし。じゃあ。カルナを助けなきゃね」
ミシュリーヌは腰に手を当てて言った。
それはまるで、子供が秘密の作戦を思いついたような、あまりにも気軽な一言だった。
けれど――
その軽さが、今のジュリアには何よりも救いだった。
「そうですね。一緒に助けに行きましょう」




