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ボルドスじいさんの課題

 ジュリア達は東側へ繋がる出口を探すため、グラヴォル・ヴァトルの穴を辿ることにした。

 カルナが魔物に連れてこられたのなら、逆に辿れば出口へ行けるはず――そんな判断である。


 ただし、パワードスーツでは穴を通れない。

 そのため、バルトルトと助手のゲルダは制御室に残り、遺跡の調査を続行することとなった。


 床は砂が堆積しているものの、壁面や天井は黒い粘土が露出している。

 ぬらぬらと光る蟲の穴を、中腰になりながら進む。

 壁面を見ながら、ジュリアが顔をしかめた。


「この“黒い粘土”に魔力感知を阻害される感覚が、どうにも気持ち悪いですね」

「そう? 私は全然平気だけど。便利じゃない」

 ミシュリーヌは気にもしていない様子だった。

「いや、そうなんですが」


 ヴァランタン領のミスリル鉱山にも存在していた黒い粘土。

 その正体は、アビス・ターマイトが分泌する粘液である。

 焼成すれば魔力を遮断する絶縁体となる極めて有用な素材だ。

 頭では理解している。理解しているのだが。未加工の状態では、ただの魔物の分泌物である。

 べたつくし、気味も悪い。


「……誰ですか、こんな穴を通ろうとか言い出したのは」

「お前だろ」

 ジェラルドの即答だった。

「ぶつくさ言ってないで進め。後ろがつかえてる」


 ◇


「ねえカルナ。この遺跡には魔術を探しに来たって言っていたでしょう?」

 エリザが前を進むカルナに声をかけた。


「はい。ドワーフのボルドスじいさんが言っていたんです。ここに最後の魔術が封印されているって」

「最後の魔術ねえ……。ところで、あなたは魔術は使えるわけ?探しに来たってことなら、少しは使えるんでしょう?」

 エリザの興味の矛先は、完全に西側とは異なる発展を遂げているはずの東側の魔術体系。


「えっと、生活魔術の〈トーチライト〉や〈着火〉は良く使います……」

「それはこっちでも誰でも使えるわね。他には?」


「ええと、目くらましに使う〈黒煙〉や狩りに使う〈パラライズ〉なども一応」

「え、待って」

 エリザが足を止めた。

「それ、どんな術式なの?」


「〈黒煙〉は煙幕です。〈パラライズ〉は小動物や魔物を痺れさせる簡単な魔術ですね。他にも〈催眠〉という眠らせる術式もあります」

「……聞いたことがないわね」

「もしかしてマイナーなのでしょうか。これはボルドスじいさんに『このくらいは覚えておけ』って教わったのですが」

「なんとなくだけれど、黒魔術系統の術式な気がするわ。興味深いわね」


「黒魔術、ですか。まあ確かに、他の魔術とは、魔力の込め方が異なりますが」

「西側では主に魔族が使用している体系ね。少なくとも西側の人族の魔術体系には存在しないわね」


「変ですね。ボルドスじいさんはそんな危険な魔術を子供に教えるはずがないですし」

「だとすれば……」

 エリザは小さく眉をひそめる。

(西側ではダークエルフ達"管理者"に禁じられ、忘れられた体系。そう考えると辻褄は合うわね)


 二人がそんな会話をしていると、前が突然開けた。


「……分かれ道ですね」

 ジュリアの〈トーチライト〉が二つの通路を照らし出す。


「どうする? 一旦二手に分かれるか?」

 レオンが尋ねる。


「そうですね。行き止まりだった場合は通信機で連絡。もう片方は待機という形で」

「ああ。それが無難だろう」


 話がまとまりかけた、その時だった。


「ちょっと待って下さい」

 リィンが猫耳をぴんと立てる。


 全員の視線が集まった。


「……風の抜け方と音の反射からすると、右は行き止まりです」


「そんなことまで分かるのか?」

 レオンが感心したように訊く。


「はい。このくらいなら」

 リィンは当然のように頷いた。


「リィンサマ ノ オッシャルトオリ デス。ミギ ホウコウ ハ シンドウハンキョウ ガ トジテイマス」

 オメガも耳を立てながら補足する。


 リィンが再び頷いた。


「さすがリィンです」

「いえ」

 口では謙遜しているが、尻尾は嬉しそうに揺れている。


「オメガへ猫耳を採用した私の目に狂いはありませんでした」

 なぜか胸を張るエリザ。


「なぜそこでエリザが自慢げなのでしょうか」

 ジュリアは呆れた。


 ◇


 穴を抜けたのは、それから四十分ほど後だった。

 休憩を挟みながら進み続けた結果である。


 出口の先は広い空洞だった。

 壁も天井も剥き出しの岩盤。

 ようやく圧迫感から解放される。


「やっと出られました」

 ジュリアが穴の前で大きく伸びをした。


「出口で立ち止まるなよ。出られねーだろ」

 ジェラルドがそのまま押しのける。


「中腰のままだったから、流石に腰が痛いわ」

 エリザも腰をさすりながらぼやいた。


 一行は休憩を取ることにした。

 オメガがお茶を配って回る。


「で、カルナ。この景色に見覚えは?」

 ジェラルドが訊く。


 カルナは周囲を見回した。

「うーん……正直、どこも似たような景色だったからな。あの時は必死だったし、見た目じゃ分からない。すまない」

「……そうですか」

 ジュリアは頷いた。


「地道に入口を探すしかなさそうですね」

「あ、でも」

「?」

「途中に目印として木の実を置いてきた。残ってるなら入口は分かるはずだ」

「なるほど。それは非常に有用です」


 そこへ。

 先行して周囲を確認していたリィンが戻ってきた。


「あの、その木の実というのはこれですか?」

 掌を差し出す。

 そこには細長い松ぼっくりのような実が乗っていた。


「それだ!」

 カルナの表情がぱっと明るくなる。


「どこにありましたか!?」


「向こうの通路です」


 リィンが指差した。

「一定間隔で置かれていました」


「おお……!」

 カルナが感動したような顔になる。


 対してジュリアは静かに頷いた。

「では探索終了ですね」

「いや、入口が分かっただけだからな?」

 レオンが即座に突っ込んだ。


「そうとも言います」

「言わねーよ」

 どうやら、出口への手掛かりは見つかったらしい。


「では、さっさとバルトルト顧問とゲルダを連れてきましょう」


 そう言うと、ジュリアが〈転移〉の門を作り出す。


 その瞬間だった。


 カルナが転移門を指差し、興奮したように言った。


「それは!ボルドスじいさんが言っていた、『最後の魔術』!!」

「は?」


 全員がカルナを見る。

 ジュリアは目の前の転移門を見た。もはや見慣れた黒紫の球体がある。


「これが、ですか?」

「そうだ!」

 カルナは力強く頷く。


 カルナから話を聞いていたエリザだけが「なるほど」と呟いたのだった。


「最後の魔術。つまり、そのドワーフさんがあなたへ与えた魔術教育の最終課題が〈転移〉だったわけね」

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