カルナの願い
相変わらず、リィン・オメガに対する議論が行われている。
「エリザ。前にもいいましたが、あなたが壊れていたアルケイネを修復したことは称賛に値します」
「でしょう?」
「ですが。私はアルケイネの調査を行ってくださいと言っただけで、あなた好みに改造していいとは一言も言っていません」
「だって、ジュリアだって調査の時にミシュリーヌを貸してくれなかったじゃない」
「それとこれとは関係ありません。それにあなたがアルケイネを独占しているのもおかしいのです」
「だって、古代エルフの遺跡から持って帰ったのは私じゃない」
「しかしアルケイネの調査には新連邦の予算が掛かっているのですよ?だったら国家の研究対象遺物でしょう」
「その話は散々聞いたわ。つまり何が言いたいのよ」
「あなたが修復したので管理は任せますが、せめて、名称は『オメガ』にしなさい。これは命令です」
「嫌です」
まるで駄々っ子のように拒否するエリザ。
しかしジュリアは、一歩も引かない。国家元首を舐めてはいけない。
「……バルトルト顧問」
「なんじゃ?」
「このアルケイネの管理権を即時帝国へ委譲します。そのかわり、彼女の姿を本来の姿である蜘蛛型に戻してくださいますか?」
「何?本当かッ!!もちろんじゃとも! 古代エルフの兵器規格なら儂も興味が──」
「ごめんなさい!!ジュリアそれだけは!!!」
エリザが即座に頭を下げた。あまりにも早い降伏だった。形状がもとに戻されるのが特に嫌だったようだ。
「じゃあ、せめて『オメガ』へ改名してください。いいですね?」
「くっ……。わかりました」
ジュリアは満足げに頷くと、老ドワーフに向き直る。
「申し訳ありません。バルトルト顧問。今の話は無かったことに」
「良いわい。まあ、もし本当に手に余って委譲してくれるなら、儂はいつでも歓迎しておるぞ」
「ありがとうございます」
ジュリアは冷たい視線を、再びエリザへと向けた。
「じゃあ、オメガで良いですね?」
「……はい」
「リョウカイ シマシタ。ゲンジテン ヲ モチ、 ワタシ ノ コタイメイ ハ、『オメガ』ト ナリマシタ」
「あっ……」
「実に素晴らしいですね。話が早くて助かります」
「リィンちゃん……私の可愛いリィンちゃん……っ!」
エリザが未練たらたらといった様子で、オメガの肩を揺さぶる。
「キョヒ シマス」
「エリザ。未練がましいですよ」
「リィン・オメガちゃん!!あなたを今の姿にしたのは私です!!」
「キャッカ シマス。メイメイ ノ サイコウ ケンゲン ショユウシャ ハ、ジュリア サマ デス」
「オメガ。あなた最高ですね」
「くっ……」
オメガはスカートの裾をほんの少し持ち上げ、滑らかで完璧な所作でカーテシーしたのだった。
◇
ジュリアは議論が綺麗に着地した事に満足すると、ゆっくりとカルナに視線を戻した。
カルナの背筋が伸びる。
「カルナ。お見苦しいところをお見せしました」
「い、いえ」
さて、どこから話を切り出すべきか。ジュリアとしては、未踏の地である東方大陸の文明度、技術水準などを知りたいが、話の切掛が必要だ。
「それで、あなたは何故この遺跡に一人でいたのですか?」
とりあえず、相手の警戒を解くための、当たり障りのない事から訊くことにした。
「ええと。俺は、この遺跡に封印された古代魔術があると聞いていたんです」
「……古代魔術ですか」
「はい。教えてくれたのは、元々この山脈に住んでいたドワーフのじいさんです」
カルナは事の経緯を話し始めた。
風変わりな老ドワーフ・ボルドス。
封印されているという、ドワーフの残した古代魔術。
空を駆ける魔術。穴を掘る魔術。岩石を砕いたり固めたりする魔術。魔物の体内の魔石を上書きし打ち倒す魔術。石礫を飛ばす魔術。などなど。
その具体的な内容が示すのは古典魔術には無い未知の魔術体系だ。
しかし、中を彷徨っていると、壁から先程の砂を操る魔物が現れて、あっけなく取り込まれてしまったという。
そして、あの魔物の名前も判明した。
「──あれは、"グラヴォル・ヴァトル"というのですか」
「はい。"アビス・ターマイト"という巨大な蟻の魔物が掘り進めた古い巣穴に住み着く魔物です」
「アビス・ターマイトならば、私たちも知っていますよ。こちら側にも稀に現れます」
「そうだったんですね。山の向こうでも、同じだったのか」
「はい。我々、なぜか虫の魔物には散々出会いましたからね」
「では、そちらにも"ヴォラ・ロカスト"はいるんですか?」
「いえ?それは、知らないですね。バルトルト顧問はご存知ですか?」
ジュリアが水を向けると、老ドワーフは腕を組んだまま首を振った。
「いや、儂は東側の魔物については良く知らん」
「そうですか。カルナ、その"ヴォラ・ロカスト"とは、どんな魔物なんです?」
「巨大なバッタです」
カルナは表情を曇らせる。
「とは言え、大きさはせいぜい二十センチ程度の大きさですので、叩き潰せばいいだけなのですが、数がとても多いのです」
「群れで来る感じですか。確かにそれは厄介ですね」
「群れというよりも大群なのです。その数はもはや災害です。数万匹という量が空を黒く覆い、通りすがった山や畑を食い荒らすのです。家や木製の道具まで齧ります。奴らが移動した後には何も残りません」
「うっ。それは、ひどい……」
「なんと……」
「ということは、それでここへ逃げてきたというわけでしょうか?」
「……いえ。そうではないのです。"ヴォラ・ロカスト"は八年前に発生した天災で、今は完全に沈静化しています」
「では?」
「………」
カルナは言葉を詰まらせる。拳が、強く握りしめられ、小刻みに震える。
「カルナ。言いたくなければ、無理をしなくても――」
「──帝国が。攻めてきたんです」
「え?」
ジュリアは一瞬、バルトルトへ視線を向けた。
驚いた顔でブンブンと首を振る老ドワーフ。
「いえ、そちらの帝国ではなく、グンダラージャ帝国です。赤い鎧を纏い、戦象を操り、すべてを奪う国です」
「グンダラージャ帝国。赤い鎧……」
ジュリアは遺跡の途中にあった白骨を思い出した。
赤い奇妙な形状の鎧を纏い、見たことのない兵器を持っていた兵士。
「つまり」
バルトルトが、背嚢からあの太い筒状兵器を取り出して見せる。
「これの持ち主は、そのグンダラージャという、そちらの帝国の兵隊だったわけか」
カルナは筒状兵器を見て顔をこわばらせた。
「なぜそれを!?」
「この遺跡の途中で赤い鎧の兵士の遺体があったんじゃ。すでに骨になっとったがな」
「つまり彼らは、すでにここまで来ていたんですか?」
カルナが、絶望したような顔で呟く。
「じゃろうな。目的はわからんが」
「もしも集団で調査していたのに、落下した者を救助もせず放置した、というならば兵士に対する残酷な運用が伺い知れます」
ジュリアが話の腰を折るように、冷静に運用思想を分析する。
「それは今の話とは関係なかろう?」
「大切なことです。今後戦うかも知れないならば、兵士の運用方法は少しでも知るべきですから」
しかし、カルナはその脱線した話を否定しなかった。
「……いえ。たぶん、それ、あっています」
「何じゃと?」
「ほう」
カルナは、まるで嫌なことでも思い出すように、苦しげに言葉を紡いだ。
「彼らは、前線に自国の兵士を使いません。占領し統治した国の民を強制徴用して前線に駆り出すんです」
「………植民地軍運用。あまり上品ではありませんね」
「そして、彼らは俺の国に攻め込んできました。家も、家畜も、母さんも、幼馴染も、何もかも奪って……」
カルナは俯きながら、それでも言葉を続けようとした。
「カルナ。もういいです」
だが。ジュリアはそれ以上は聞かなかった。いや、聞かずとも分かった。
「大体わかりました。無理に話す必要はありません」
征服した国々の民を徴用し、前線に送り戦わせるという、グンダラージャ帝国。
周辺国を植民地支配する手法としては、まるで戦後の内政や治安維持、民心の掌握など一切考慮していないような、極めて雑で破壊的な軍事思想だ。
そこまでして兵力を急いで前線に投入しなければならない、何らかの切迫した理由があるのだろうか?
ジュリアがいつもの癖で軍事戦略的に思いを馳せていると、カルナが黒い瞳を真っ直ぐにこちらへ向けて来た。
「ジュリア」
「何でしょうか」
「あんたは、先程の会話からすると、国家元首なんだよな?」
「まあ、好きでなったわけではありませんが」
「一つ、頼みがある」
「どうぞ」
「俺を故郷のマドラ国へ帰してくれないか?」
「可能であれば構わないですが。ちなみに相手の兵力は?」
「攻めてきたのは、たぶん、数千人とかだ」
「そうなると、穏便には済みそうにないですね。前線だけでその兵力となれば、奥には数倍控えているでしょう。それに、帰ったところであなたは捕まりますよ?」
「それでも……構わない」
「……なぜ帰ることにこだわるのでしょうか?」
「俺の幼馴染の、アディが捕まっているんだ。俺は――彼女を助け出したいんだ!!」
カルナの感情を剥き出しにしたような要望。
しかしジュリアは即時には応えない。
「ちなみに、具体的な救出方法は?」
「………」
カルナは答えられなかった。
「……無策ですか」
ジュリアは溜息を吐いた。面倒なことになったと。




