白の聖堂、その行方
──翌朝。
雲一つない爽やかな青空から、朝の光がヴァランタン邸の執務室へと差し込んでいた。
ジュリアは朝の身支度を早々に済ませ、今日から再開する古代ドワーフ遺跡への探索計画書をデスクで精査していた。ペン先がさらさらと小気味よい音を立てていた、その時である。
コンコン、とどこか力ないノックの音が響き、現れたのはレオナード・エルソンだった。
レオナードはセシリアと一緒に国内を回り、『白の聖堂』という宗教まがいの巡礼活動を通じて、国内のエルソン商会の商業ネットワークを築いてきた若い商人である。
「ジュリア嬢。『白の聖堂』でちょっと困ったことが起きていまして」
「何でしょうか?」
ジュリアはペンを動かしたまま、視線だけを彼に向けた。
「先日のセシリア嬢と神鳥の奇跡の噂が広まっていまして、ちょっとしたセシリア様ブームになっています」
「は?」
計画書を書いていたジュリアのペン先がピタリと止まる。
「もはや、ちょっとしたでは済まなくなっています」
「どういう意味です?」
レオナードは遠い目をした。
「『白の聖堂』の巡礼者が急増しています」
「まあ、それは良いことでは?」
「一日三千人規模の行列で、宿が足りず、食料も不足、井戸も枯れそうなのです」
「多いですねえ……」
「多過ぎです」
「しかしそれだけ人が居ても、信者同士の諍いは起きないのですよ」
「へえ。それはまた不思議ですね」
「皆さん、聖女セシリア様を見習っているんです。だから喧嘩もしない」
「結果的に見れば、すばらしいですね」
「彼女の生き様をなぞれば、人生が好転すると本気で信じているのです。もはやあれは宗教ですよ」
レオナードがうんざりしたように言う。
「いや、もともと宗教なのでは?」
「違います。商会です」
「ちなみにお父上のジョシーさんは何と?」
「とても喜んでいます」
レオナードは頭を抱えた。
「あの方らしいですね……。まあ儲かっているなら良いではありませんか」
「良くないです。息子の私の身にもなって欲しいですよ」
「でも、私はあなたの父を止めましたよ」
「止まっていません。何故ちゃんと止めなかったのですか?」
「知りませんよ」
白の聖堂の運営はエルソン商会が勝手に始めたことだ。
むしろジュリアは最初から止めていた側である。
都合の良い時だけ国家に泣きつかれても困る。
「そうですか……」
レオナードが深いため息を吐いた。
本気で知りたかったのだ。
独り歩きを始めた宗教を止める方法を。
「ちなみに現在の教義はどうなっているのです?」
ジュリアが何気なく尋ねる。
レオナードは一瞬だけ視線を逸らした。
「……勤勉であれ」
「はい」
「誠実であれ」
「良いことですね」
「困っている人には手を差し伸べましょう」
「立派です」
「毎日働きましょう」
「健全です」
「セシリア様を見習いましょう」
「そこだけおかしいですね」
「私もそう思います」
レオナードが肩を落とす。
ジュリアはしばらく考えた。
机へ向かう。
さらさらと書類を書き始めた。
「?」
「持って行きなさい」
差し出された紙を見る。
『白の聖堂支援要請書』
署名。
アストライア新連邦代表。
ジュリア・アークライト。
「これは?」
「聖女セシリアと聖騎士ルカの派遣要請です」
レオナードが固まる。
「え?」
「原因がセシリアなら本人に対応させれば良いでしょう」
それはレオナードの今までの働きを考えた、ジュリアなりの優しさだった。
「しかし…これでは、また増えるのでは?」
レオナードが恐る恐る言った。
「何がですか?」
ジュリアは首を傾げる。
「いえ、何でもありません」
レオナードは遠い目をした。
「? そうですか」
後日、白の聖堂には「聖女様が直々に来られた」という噂が広まり、巡礼者の列はさらに長くなったのだった。




