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侍女たちの休息

 会議は状況把握に終始し、現状維持という方針でお開きとなった。


 その帰り際。


 ジュリア達は、遺跡の調査をどうするか話し合っていた。


「あなた達、さっさとお風呂に入ってきなさい」


 エウラーリアにそう言われ、ジュリア達は揃って自分の格好を見下ろした。


 考えてみれば、遺跡探索から戻ってきてそのままだった。


 ジェラルドもミシュリーヌも狩猟服のまま。ミシュリーヌに至っては革紐で髪をぐるぐると纏めている。とても貴族の会議に出席する格好ではなかった。

 ふと窓の外を見る。空は茜色に染まり始めていた。


「少し休みましょう。遺跡探索は明日また行きましょう」


 ジュリアの提案に、


「賛成。今日は色々ありすぎたわ」

 ミシュリーヌが大きく伸びをした。


「俺なんかオークキング狩りからそのままだしな」

 ジェラルドも肩を回す。


「そういえばそうでしたね」

 ジュリアは少しだけ呆れた。


「普通は一日でやることではありません」

「普通じゃなかったんだな」


「今さらですか?」


 ジェラルドが笑う。

 ジュリアも小さく肩を竦めた。


 ◇


 豪奢なヴァランタン邸の片隅にある、主たちが寝静まった後の侍従控室。

 主の湯浴み、着替え、夕食、嵐のような一日を駆け抜けた侍女たちにとって、ようやく訪れる一日の終わりのオアシスだった。

 パチパチと静かに爆ぜる暖炉の火が、深夜の室内を穏やかな琥珀色に染めている。湯気を立てる紅茶のカップを片手に、それぞれがソファへ深く身体を預け、ようやく訪れたリラックスした時間を噛み締めていた。


「ねえ、リナ……。私たちって本来は、優雅なお茶会の準備をしたり、主人の華やかな夜会のために着替えや化粧をお手伝いしたり……そういう役割ですわよね?」

 ミシュリーヌ付きの侍女ナタリーが、こめかみを指先で揉みほぐしながら、ぼやいた。


「そうですね。普通は、それが侍女の主な業務内容です」

 リナは紅茶のカップをソーサーに戻し、小さく頷いた。


 ナタリーは窓の外、茜色から深い夜へと沈んだ空を眺め、遠い目をした。

「最近は遺跡探索やら何やらで、まともにドレスを着せた記憶すらありませんわ。それなのに、そのまま国家会議へ出席して、明日にはまた平然と遺跡探索へ出かけるのよ!?」


 昨日も狩猟服のまま、ベッドに倒れ込もうとしたミシュリーヌを叱り飛ばしたナタリーである。

 その表情には疲れが滲んでいる。普通の女性貴族であれば、卒倒しかねないハードスケジュールだ。


 だが、ナタリーの必死の訴えを聞いても、リナの表情はピクリとも動かない。

 ジュリアは元々ドレスよりも軍服のような機能美を好む。リナ自身の記憶を遡ってみても、最後に主にドレスを着せたのは、あの内乱時の夜会が最後だった。


「確かに、ミシュリーヌ様は最近、少しお忙しそうですね」

「少し!? 忙しいという言葉だけで済ませていい内容かしら、これ!?」

 ナタリーは額を押さえた。


「ジェラルド様付きの侍従のエミル殿なんて、剣術のお相手をさせられた結果、今では冒険者の手伝いまでされていますわ」

「それは……なかなか大変そうですね」


「あのね、リナ」

 ナタリーが、すがりつくような切実な眼差しで、じっとリナの顔を覗き込んだ。


「エミル殿は、れっきとした子爵家の次男ですのよ? 本来なら商会でも興して、優雅に暮らしていておかしくない方なの」

「そうでしょうか?」

「そうなのよ」

 ナタリーの答えは即答だった。


「というか、貴女だっておかしいわ! 傍系とはいえ、由緒正しい伯爵家の令嬢でしょう? 普通なら、こんな戦場の使い走りみたいな生活をしなくても、どこかの夜会で求婚されて優雅に暮らせる身分なのよ?」

「慣れるしかありません」

 リナは、まるでお気に入りのクッキーの銘柄でも答えるかのように、あっさりと微笑んだ。


「私だって、まさか自分の主が国家元首にまで上り詰めるとは思っていませんでしたし」

「そこを想定外の業務変更みたいに受け入れている時点でおかしいのよ……」

 ナタリーは、ついに耐えかねたように机の木肌へガクリと突っ伏した。


 暖炉の火が爆ぜる音だけが、絶望に沈む控室に響く。

 ナタリーは横を向いたまま、諦めを孕んだ声を絞り出した。


「そもそも、ジュリア様とミシュリーヌ様が婚約されている現状も、冷静に考えたら謎の極みですわね。周囲の重鎮たちも、なぜ普通に受け入れているのかしら?」

「別に良いではありませんか」

 リナの顔は、やはりいたって真顔だった。


 ナタリーは数秒固まる。


「あのね……普通は、いくら仲が良くても、女性同士で婚約なんてしませんわよ?」

「ですが、当人同士が深く納得されています」

 リナは、今度こそ本気で「何がおかしいのか分からない」という風に首を傾げた。

 思えばジュリアは、出会った当初、というか12歳頃から、性別という概念すら超越した不思議な覇気を纏う少女であった。リナにとっては、もう今更である。


「だからそういう問題じゃありませんの」


 おかしい。

 ナタリーは普通の侍女としての愚痴を聞いてほしかっただけだ。

 それなのに。

 まるで会話が成り立たない。


 突っ伏したままリナの横顔を見上げたナタリーは、静かにすべてを悟った。

 この侍女、主の異常に毒されすぎて、もう完全に手遅れだと。

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