聖女と神鳥の奇跡
ジュリアはひとまず会議の流れを整えると、セシリアに詳細な経緯を聞いた。
「セシリア。少し、分からないことがあります」
「はい」
「貴女は白龍ゴルズ=ヴィム殿と共に行動していたと聞きましたが、なぜ古龍達は大草原に留まっていたのですか?」
「ゴルズさんは、鳥の集団の移動先を監視する任務を行っていたのです」
「なるほど。黒曜議会側の任務に同行していたのですね」
セシリアが頷く。
「しかし、なぜシームルグが森を作ったのかわかりますか?」
「それなのですが……戦いの跡地は酷い有様だったのです」
セシリアが静かに語り始めた。
アトネータイとの戦いによって荒れ果てた大地。
草木は枯れ。
地面は抉れ。
水場は濁り。
動物達も寄り付かない。
そこには、かつて草原だった面影すら残っていなかった。
鳥人達も餌や水を求めて飛び回っていました。
そしてシームルグさんは、そんな光景をただ悲しそうに見つめていたのです。
「私は、その姿を見ていられませんでした」
だから祈ったのだ。
世界神ルクスへ。
せめて鳥人達が生き延びられるように。
せめて傷付いた土地が少しでも癒えるように。
青白い光が天へと昇る。
祈りに応えるように、荒れ果てた大地へ僅かな緑が戻った。
だが、それは本当に僅かなものだった。
「やりすぎだ」
白龍ゴルズ=ヴィムが諫めた。
「これ以上は鳥達を刺激する。それにお前の身体が持たん」
「白龍様のおっしゃる通りです」
同行していたシスター達も口々に止めた。
それでもセシリアは首を振った。
「いえ。これは私にしかできないことです」
だから祈った。
一度ではなく。二度でもなく。
何度も。何度も。
傷付いた土地へ祈りを捧げ続けた。
そして、ある夜だった。
シームルグが動いた。
巨大な身体がゆっくりと宙へ浮かび上がる。
羽ばたきは無い。
それでも、まるで月が昇るように。
神々しい光を纏いながら、静かに空へ昇っていく。
やがて草原全体を見渡せる高さまで浮上すると。
シームルグは翼を広げた。
そして――羽ばたいた。
たった一度。それだけだった。
だが、その瞬間。
大地が緑色の光に包まれた。
湖が生まれる。
草が芽吹く。
花が咲く。
木々が競うように天へ伸びる。
生命そのものが奔流となって溢れ出したかのようだった。
草原は森となり。
森はさらに広がり続けた。
誰にも止められないまま。
「……という感じです」
語り終えたセシリアは、どこか嬉しそうだった。
「本当に奇跡でした。きっとあの鳥さんは、ルクス様の御使いなのです」
会議室が静まり返る。
地方領主達は絶句していた。
セシリアの話を聞く限り。
シームルグは人間の領土を奪うために森を作ったのではない。
傷付いた土地を癒そうとしただけだ。
しかも、そのきっかけは――。
ジュリアは小さくため息を吐いた。
(やはり、この聖女でしたか)
ジュリアは額を押さえた。
住処を追われた神鳥。
その神鳥の悲しみに心を痛め。
そして誰に頼まれたわけでもなく、土地を癒そうと祈り続ける。
無自覚な善性を振りまく青髪の聖女。
(ダークエルフ達が放っておかなかった理由も分かりますね)
前世では出会うことのなかった少女。
おそらく前世の彼女は、ルミナス聖教国の管理者ファロン・ネヴァンの支配下に置かれ、このような活動すら、ろくにできなかったのだろう。
彼の判断は、政治家視点では正しいとも言える。一人で宗教や国を作れてしまいそうな人材だ。
実際、やっていることも大概である。
傷ついた龍を癒し古龍達に気に入られ、今度は神鳥すらも懐いてしまうのではないか。
そのうち精霊王でも連れて来るのではなかろうか。
ジュリアはそっと目を閉じた。




