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帰還、そして迷走する会議

 メイヴィエッタに教わった隠蔽用の黒魔術を使い、ジュリア達は誰にも気付かれることなく代表執務室へ帰還した。


「早速役に立ちましたね」

 ジュリアが満足そうに頷く。


「この使い心地を知ってしまうと、もう馬車の旅には戻れません」

「なんだか犯罪の片棒を担いでいる気分です」

 転移門を抜けてきたリィンが率直な感想を述べた。


「まあ、気持ちは分かります」

「ですよね?」

「ですが便利です」

「便利ですね」

 即座に意見が一致した。


 廊下に出るとギルベルトが待っていた。

「こんなにすぐに戻られるとは」と呟いていたが、ジュリアは笑顔で頷いて何も言わない。

 これはきっと国家戦略級魔術だ。まだ広めるつもりはない。


「それで、今セシリアはどこへ?」

「大会議室でお待ちです」


 そのまま全員で会議室へと向かう。


「ジュリア様」

 メイヴィエッタが近づいてきて耳元で囁いた。

「転移魔法を教えた事をモーリガン様に報告したところ、怒られました……」


「でしょうね」

 ジュリアは即答した。

 むしろ怒られない理由が思い付かなかった。


「私も少し軽率だったと反省しています」

 珍しくメイヴィエッタがしょんぼりしている。


「メイヴィエッタは悪くありません。それにもう過ぎたことです」

 ジュリアが慰める。メイヴィエッタには悪いが、忘れろと言われても忘れるつもりはない。


「俺も覚えてえな。今度教えてくれよ」

 ジェラルドが空気を読まずに言う。


「え?」

「え?」


 メイヴィエッタが固まり、リィンが目を丸くする。


 どちらも驚いていた。

 ただし理由は違う。


 メイヴィエッタは、

(またモーリガン様に怒られるのでは?)という意味で。


 リィンは、

(ジェラルド様って魔術を使えるのですか?)という意味である。


「どうかしたか?」

 しかし当の本人だけが不思議そうな顔をしていた。


 ◇


 会議室では地方領主達による侃々諤々の議論が行われていた。


「このまま大人しく東部大草原に住んでくれればよいが」

「これ以上動かないという保証はないぞ?」

「いっそ神鳥を砂漠地帯に追い込んで緑化してもらおうではないか」

「そんな事をして神鳥の怒りに触れたらどうする?」


 そんな大人たちの会話にセシリアだけは眉をひそめていた。


 領土。交易。農地。治安。


 彼らは国家や領民の利益を考えている。

 それ自体は間違っていない。


 だが。

 セシリアには、まるで巨大な災害か兵器をどう扱うか相談しているように聞こえた。


 シームルグ。

 虹色の羽を持つ、山のように巨大な鳥。

 その瞳は穏やかだった。

 ハーピー達を見守る親鳥のように。

 そして、セシリアが聞いた心の声もまた、住処を追われた悲しみに満ちたものだった。


「そんな……シームルグさんが可哀想ではありませんか」


 セシリアの言葉に、地方領主たちが子供の理想論を見るような目を向ける。


「何を言うか。害をなすかも知れぬ、ただの魔物ではないか」

「そうだとも。いつ此方に来るかも知れぬと、民も恐れておる。追い払うべきであろう」


 そこへ。

「情けない」

 パチンと扇が鳴った。エウラーリアだった。

「東部の領民が不安に感じるのはわかりますが、領主たる貴方方が慌てていてどうしますか?」


 地方貴族たちが押し黙る。


 そこへジュリアが入室してきた。


 状況を掴めないジュリアが会議室を見回す。


「なぜこんな大人数で会議をなさっているのでしょうか?」


 ホドフリート・ヴァルロア侯爵。

 ランベール・ヴァランタン公爵。

 エウラーリア・アウトライア・ヴァランタン。

 フィリベール・アークライト侯爵。

 アルトゥール・ランカスター辺境伯。

 ここまではいつもの重鎮達だ。


 そこに幾人かの地方貴族が集まっている。


 そして、セシリアとルカがそこに混じっているという奇妙な状態だった。


「神鳥が起こした不思議な現象に、彼らは感激していらっしゃるのよ」

 エウラーリアがオブラートに包んだ曖昧な言葉で返す。

 つまり、恐れているということだ。


 ジュリアはゆっくりと"新連邦代表"の氏名標のある席に座る。


 ミシュリーヌとジェラルド、リィンも会議室を見回した。

 そうそうたる顔ぶれに、三人は思わず顔を見合わせる。


「なんか思ったより大事になってない?」

 ミシュリーヌが小声で呟いた。

「俺も今そう思った」

 ジェラルドも頷く。

「私、ここに居ていいのでしょうか?」

 平民出身のリィンも場違いさに驚きを隠せない様子だ。


 三人は大人しくセシリア達の後ろへ回った。


 ジュリアが着席すると、状況を確認するように話を始めた。

「彼らアトネータイの大移動のお陰で、我々は魔族とも一時的にですが因縁を忘れ共闘しました。歴史的な和解です」

「ええ。そうね」

 エウラーリアがにこりと答える。


「そもそも、東部大平原はエンギュロイ森林国を挟んだ遥か向こう側のケンタウロス達の土地ですよ?」

「そうね」

「それに、彼らが難民化せずに自らの土地を築いて定住しつつあるならば、我々が介入しなくとも良くなります」

「そうね」


「恐れる必要、ありますか?」

 ジュリアが会議室を見回す。


「無いわね」

 エウラーリアが扇で口元を隠し、満足げに微笑む。

「少なくとも現状では」

「違いない」

 ホドフリートも頷く。

 ランベールやアルトゥール達は腕を組んでニヤニヤと静観している。


「それは結果論だ」

「神鳥がこちらへ向かえば話は別だろう」

 地方領主たちはそれでも納得がいかないと声を上げる。


「向かう兆候があるのですか?」

「……」

 誰も答えない。答えられない。


「無いのであれば、今は観察が妥当でしょう」

 ジュリアがバッサリと切り捨てる。


 ジュリアには、神鳥そのものよりも、この問題を利用して中央へ影響力を及ぼそうとしているように見えた。


「はっはっはっは」

 アルトゥール・ランカスター辺境伯が豪快に笑う。

「だから言っただろう。ジュリア嬢は飾りではないと」


 地方領主達の顔が僅かに引きつる。


「言い過ぎだ、アルトゥール」

 ランベールが窘める。

 しかし口元は笑っていた。


 セシリアは小さく胸を撫で下ろした。

 少なくとも今すぐシームルグを追い払おうという話にはならなそうだった。

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