扉の向こう
扉を抜け、〈トーチライト〉で照らすと、そこは巨大な空洞だった。
天井は遥か上方。視界の端まで続く岩壁。
そして、その中央を縫うように伸びる一本の細い道。
尾根のような道は起伏が激しく、蛇のように曲がりくねっている。
下を覗き込めば、暗闇。底は見えない。
かろうじて〈トーチライト〉の光が届く範囲には、無数の鍾乳石が突き出していた。
足を滑らせれば串刺しだ。文字通り一巻の終わりである。
護衛冒険者達の表情が自然と引き締まる。
「これは……」
クライヴが眉をひそめた。
「落下に注意ですね」
「見るからに嫌な地形ね」
ミレーヌも杖を握り直した。
「なんかワクワクするな!」
ジェラルドは崖の縁から身を乗り出して下を覗いていた。
「ジェド。落ちるぞ」
ジュリアが窘める。
「着地の瞬間に斬撃で地面均せば良いだろ」
「普通の人間はそんな事はしない」
「飛行中の黒龍の口に飛び込んだやつがよく言う」
「あれは例外的な手段です。海を割るミリーよりマシです」
「……私を話に巻き込まないでくれるかな?」
そんな化け物たちの会話に冒険者達の顔は引き攣った。
「……何だあの会話?」
「さあ」
「高所は苦手なんだよなぁ……」
レオンが崖下を見て顔を青くする。
「斥候職にとっては致命的なので、克服した方が良いです」
リィンが淡々と指摘した。
「どうやれば良いんだ?」
「毎日木登りをしていれば慣れますよ」
「……えらく具体的で、原始的だな」
「私は故郷で狩人でしたので」
「なるほど。参考になるようなならないような……」
斥候と狩人。似た技能を持つ者同士ということもあり、二人は意外と話が合うようだった。
◇
尾根状の通路を進む一行。
その途中。
「おい……なんだあれ」
レオンが足を止め、崖下を指差した。
「なに?」
ミレーヌが〈トーチライト〉の光を崖底へ向ける。
照らし出されたのは、人間の白骨だった。
「……見慣れない鎧だな。兵士か?」
クライヴが眉をひそめる。
「降りてみましょう」
ジュリアの指示に、リィンが鉤爪縄を使って慎重に崖を降りていく。
しばらくして。
リィンは幾つかの遺留品を抱えて戻ってきた。
見慣れない装備だった。
赤黒い外骨格のような金属鎧。
長剣。
そして筒状の兵器。
「なんじゃこれは?」
老ドワーフがしゃがみ込み、筒状兵器を手に取る。
構造そのものは、ジュリアが広めた魔力装填式長筒に近い。
だが、細部が違う。
「比較的新しい品じゃな」
バルトルトが断言した。
「じゃが、これはドワーフ製ではない」
「分かるのですか?」
ゲルダが尋ねる。
「加工技術が違う」
老ドワーフは即答した。
「儂らはこんな作りはせん」
そう言いながら弾倉を外す。
中には数発の弾丸が残されていた。
しかし、その形状が妙だった。
「変な弾ですね」
エリザが首を傾げる。
「ええ」
ゲルダも同意する。
先端部分には、折り畳まれた布のような構造が仕込まれていた。
分解してみると、それは小型の落下傘だった。
どう見ても殺傷用ではない。
射出後、空中で傘を展開し、ゆっくり降下するよう設計されている。
「滞空型ですか」
「術式展開用じゃな」
バルトルトが顎髭を撫でる。
「ゆっくり降下しながら術式を撒く。そう考えるのが自然でしょう」
分解した弾丸を拡大鏡で覗き込みながら、ゲルダが呟く。
「この術式……黒龍の重力軽減術式に似ていませんか?」
エリザも術式刻印をなぞる。
「違うわね」
即座に否定した。
「逆よ。ここが開放型になってる。それに重力軽減術式にはない反転式が組み込まれているわ」
「つまり……?」
「飛行阻害型の弾丸ね」
その場に沈黙が落ちた。
「えらく用途が偏った兵器じゃな」
バルトルトが感心したように言う。
「飛行生物への対策に特化しとる。あの鳥どもを落とすための兵器か」
研究者三人の結論を聞きながら、ジュリアはセシリアから聞いた話を思い出していた。
神鳥シームルグ。
住処を追われた巨鳥たち。
「ひょっとすると……」
ジュリアが静かに口を開く。
「シームルグが住処を追われた原因。その兵器ではありませんか?」
その場が静まり返った。
「……ありえなくはありません」
ゲルダが弾丸を見つめる。
「一発では大した範囲を阻害できないでしょう」
だが、と続けた。
「何百、何千発と撃ち込まれたなら話は別です。飛行そのものを封じられる可能性があります」
「なるほど」
ジュリアは崖下の白骨へ視線を落とした。
「これが、シームルグを追い込んだ東の文明……」
転生前の記憶が脳裏をよぎる。
王国を滅ぼした元凶だと思っていた魔族。
だが彼らですら予測できなかった、シームルグとアトネータイの大移動。
そして今、その神鳥たちですら何者かに追われていた可能性がある。
崖下に眠る異国の白骨。
見たこともない兵器。
見たこともない技術。
もし、それら全てが東の文明に繋がるのだとしたら。
「なんとも、迷惑な連中ですね」




