報酬
その時だった。
ガコン。
洞窟の奥から重い音が響く。
全員の視線が向く。
先ほど撃破した巨大ゴーレム。
その背後にあった小扉が、ゆっくりと開いていた。
暗い通路が奥へ続いている。
「なるほど」
バルトルトが髭を撫でた。
「ボス撃破で次の区画が解放される訳じゃな」
「完全にダンジョンですね」
ジュリアが頷く。
「いや、待て」
クライヴが眉をひそめた。
「本来の遺跡もこんな作りなのか?」
「違うと思います」
即答だった。
「ダンジョン化の影響でしょう」
「つまり?」
「今この遺跡は」
ジュリアが開いた扉を見る。
「古代ドワーフ文明の施設と、ダンジョンの法則が混ざっています」
「おもしれー仕組みだな」
ジェラルドは軽い口調。
「いや、嫌な予感しかしませんが?」
クライヴは首を捻っていた。
◇
『蒼穹の道標』の面々が手当てをしている間。
魔導帝国ゼノビア主席技術顧問、バルトルト・グリムゾンは、破壊された古代ゴーレムの残骸を掘り返していた。
目的は一つ。先ほど装甲の奥で脈打っていた、あの赤い結晶体である。
既に熱は失われている。
だが、ただの鉱石ではないことだけは明らかだった。
「ふむ……」
バルトルトが顎髭を撫でる。
「何の鉱石じゃ? 見たことのない核じゃのう」
結晶の欠片を一つ拾うと、額の拡大眼鏡を下ろして鑑定を始める。
隣でゲルダ・ストーンホルムも結晶を観察する。
「赤い鉱石といえばルビウム鉱石ですが、あれは核に使えるほど魔力親和性は高くありません」
「じゃろうな」
バルトルトは頷く。
「そもそも、あれほど巨大な機体を動かせる出力があるとは思えん」
「魔力に染められたオリハルコンでは?」
ゲルダが別の可能性を口にした。
「それなら赤色でも説明は付きます」
「いや、それも違うじゃろう」
バルトルトは腰の工具入れからオリハルコン製のナイフを取り出した。
そして結晶の表面を軽く突く。
キィン。
金属音。
「オリハルコンなら、こうはいかん」
結晶をゲルダに差し出す。
表面に薄い傷が入った結晶に、ゲルダも頷いた。
「なるほど」
「じゃが」
老ドワーフの目が細くなる。
「ミスリルよりは硬そうじゃな」
二人は黙り込む。
知らない鉱石。知らない技術。そして古代ドワーフ文明の遺跡。興味は尽きなかった。
そんな中。
「仕事が終わりました。報酬を下さい」
エリザが言った。
ジュリアは即答した。
「残念ですが、もう残っていません」
「なぜですか?」
真顔だった。
「なぜ、一つも残っていないのですか?」
ミシュリーヌが空になったバスケットを持ち上げる。
「バスケット一個に入る量なんて、たかが知れているでしょう?」
ミシュリーヌが悪びれもせず答える。
エリザの肩が震える。
「そんな……」
ゆっくりと膝をつく。
「私が戦っている間に……」
「ちゃんと戦闘に集中していた証拠ですね」ジュリアが頷いた。
「褒めていませんよね?」
その横。
ジェラルドが床に大の字になって転がっていた。満腹である。
「わりぃ」片手を上げる。
「最後の一個、食っちまった」
沈黙。
エリザがゆっくり振り返る。
「人の心とか無いんですか?」
「わりい」
「最低です」
「わりい」
「私が命懸けで戦っていたんですよ?」
「謝ってるだろ?」
そこへ、空気を読まないメイドロボ。
「マスター。オチャ ドーゾ」
香り高い紅茶が差し出された。
エリザは無言で受け取る。
一口飲む。
「……美味しいですね」
「アリガトウゴザイマス」
リィン・オメガが綺麗なカーテシーを披露した。
少しだけ機嫌が回復したらしい。
その様子を眺めながら、ゲルダ・ストーンホルムが近づいてくる。
「そういえば私たち、どのくらい眠っていたのでしょうか?」
「昨日の夜の定時連絡が途絶えてからですから」
ジュリアが指を折る。
「……およそ十五時間ほどでしょうか」
「十五時間!?」
クライヴが目を剥いた。
「そんなに寝てたのか俺たち!?」
「朝どころか昼過ぎだぞ」
レオンが顔を引きつらせる。
「起こしていただいた手前、言っては何ですが」
ゲルダがジュリアを見る。
「来るのが早すぎませんか?」
ジュリアは顔を背けた。
「転移術式を使ったのよ」
ミシュリーヌが答えた。
「転移?」
「ダークエルフのメイヴィエッタに教わったの」
ゲルダの表情が固まる。
「え?」
「転移術式です」
ジュリアが頷く。
「非常に興味深い技術でした」
「それ、魔族の術式では?」
「一度行った場所や、強く認識した人物の近くへ移動できます」
「良く使用許可が得られましたね」
「緊急事態でしたので」
ジュリアはあっさり認めた。
ゲルダは額を押さえる。
「ですが、そんなにすぐ使えるものですか?」
「黒の魔力を使うことと術式が複雑ではありますが、練習次第ですね」
ジュリアは涼しい顔で言った。ジェラルドに飛ぼうとして失敗したことなど、おくびにも出さない。
「実に革新的な術式でした。あんな便利な術式を秘匿していた魔族には嫉妬を禁じ得ません」
「そこですか?」
「そこです」
即答だった。
「しかし、未知の術式を見たら解析したくなるでしょう?」
「まあ、気持ちは分かりますが」
ゲルダが遠い目をする。黒の魔力を魔術として軽々しく使う気には流石になれなかった。
しかし横ではエリザが深く頷いていた。
「分かります」
「分かりますよね」
「分かります。なので後で術式を教えてください」
「もちろんです」
学生時代の魔術研究バカ二人が固い握手を交わした。




