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たどり着いた先

 ジュリアはもう一度転移術式を試した。

 先ほどは失敗した。ならば対象を変えてみればよい。


 今度は兄、エドワード・アークライトである。

 エドワードなら今頃は王都のアークライト邸にいるはずだ。

 そう考えた。


 そして。

 その判断は誤りだった。


 ◇


 アークライト邸。

 午後のサロン。


 アークライト家長男エドワードは、婚約者であるヴェロニカ・オルディナールと共に穏やかな時間を過ごしていた。

 柔らかな日差し。

 庭園を彩る花々の香りを届ける風。


 そして湯気の立つ紅茶。

 最近の領地経営について。今後の予定について。

 他愛もない会話が続いている。


 エドワードは、この婚約を心から良かったと思っていた。

 ヴェロニカは聡明で、穏やかで、人を思いやれる女性だった。

 話していて心地良い。共にいる時間が自然だった。


 だからこそ。

 誰も予想していなかった。


 サロンの中央に。

 突如として黒紫色の球体が出現した。


 空気が震える。


 禍々しい魔力。


「敵襲!」


 護衛騎士が叫ぶ。


 抜剣。


 数人がヴェロニカの前へ飛び出した。


 エドワードも立ち上がる。


 そして。

 球体の中から現れたのは――


 白銀の髪。軍服姿。

 見覚えしかない少女だった。


「あっ」


 ジュリアだった。


 一同の視線が集まる。


 ジュリアも固まった。


 エドワードを見る。


 ヴェロニカを見る。


 護衛を見る。


 もう一度ヴェロニカを見る。


 理解した。


「……失礼しました」


 ぺこり。


 謝った。


 そして。再び現れた黒紫色の球体へ飛び込む。


 逃げた。


 静寂。


「……今のは」

 ヴェロニカが瞬きをする。


「妹ですね」

 エドワードが答えた。


「ジュリア様でした」

 護衛騎士が断言した。


「ジュリア様だったな」

「間違いないです」


 再び沈黙。


「あいつ、何をしていたんだ?」


 誰にも分からなかった。


 ただ一人。

 ヴェロニカの隣で話を聞いていたエウラーリアだけは。


 パチン。静かに扇を閉じた。


 そして。

 ゆっくりと笑みを深める。


「なるほど」

「エウラーリア様?」

「後で詳しく聞きましょう」


 その笑顔を見たエドワードは、本能的に妹へ同情した。


 ◇


 中央庁舎、裏庭。


「お早い帰りでしたが、何かございましたか? ジュリア様」

 メイヴィエッタが不思議そうに首を傾げる。


「エドワード兄様でした」

「成功じゃない」

 ミシュリーヌが嬉しそうに言う。


「失敗です」

「なぜ?」

「婚約者とお茶していました」

「あ」

 ミシュリーヌが察した。


「しかも護衛付きでした」

「あー」

「敵襲扱いされました」

「それは仕方ないね」


 ジュリアは深々とため息を吐いた。


「やはり隠蔽用の黒魔術も教えてください」

「かしこまりました」

 メイヴィエッタが即答する。


「いや待って」

 ミシュリーヌが思わず口を挟んだ。

「方向性がおかしくない?」

「どこがでしょう」


「反省するところだよね?」

「反省はしています」


「本当に?」

「次からは見つからないようにします」


「してない」

「しています」


 そこへ。

 裏庭へ続く通路から、慌ただしい足音が響いた。


「ジュリア様!」

 伝令の若い職員だった。

 息を切らせながら駆け寄ってくる。


「どうしましたか?」

 ジュリアが振り返る。


「エウラーリア様が、至急アークライト邸へお越しくださいとのことです」


 嫌な予感がした。


「……要件は?」

 恐る恐る尋ねる。


 伝令は手元の紙を確認した。

「『黒い球体について』と」

「…………」


 沈黙。


 ミシュリーヌが顔を背けた。

 肩が震えている。


「ミリー。笑わないでください」

「無理」


「ジュリア」

「……なんでしょうか」

「どんまい」


 ◇


 エウラーリアにたっぷりと説教――もとい、お仕置きを受けた後。


 ジュリアとミシュリーヌは、冒険者ギルドで確保したジェラルドとリィンを連れ、帝国領東部に位置するゼオガンダル山脈北部の洞窟へと転移していた。


 先にエリザ・クロネッカーを目標に転移したジュリアは、到着した瞬間に絶句した。


「……」

「……」


 誰も喋らない。理由は単純だった。


 リィン・オメガの展開した防御術式の中で、

 エリザ・クロネッカー。

 バルトルト・グリムゾン技術顧問。

 研究主任ゲルダ・ストーンホルム。

 そして護衛の冒険者四名。


 全員が、すやすやと寝息を立てていた。


「どういう状況でしょうか?」

 ジュリアがゆっくりと問いかける。


 リィン・オメガが一礼した。

「テキノ、スイミン ジュツシキ ニヨッテ、マスタータチノ イシキガ トゼツ シマシタ」

「つまり?」

「ネテイマス」


 沈黙。


「つまり寝てるだけか」

 ジェラルドが確認する。

「キョウリョクナ スイミン ジュツシキ デス」


「殴るか?」

「止めて下さい」


 即答だった。


「起きる前に潰れます」

「人をなんだと思ってる?」


 ジェラルドが眉をひそめ、周囲を見渡した。


 洞窟内は異様だった。

 床は綺麗に削られ、人工的な平面になっている。

 だが壁や天井は荒々しい岩肌のまま。

 天然洞窟をそのまま利用して造られた施設なのだろう。


 そして、眠る一行の背後には巨大な扉。


 その正面には――


 巨人のようなゴーレムが静かに立っていた。

 動かない。攻撃してくる様子もない。


 ただ、そこにいる。


「……なるほど」

 ジュリアが呟く。


「つまり……どういうこと?」

 ミシュリーヌは状況を飲み込めずに問い返す。


「遺跡が、ダンジョン化しています」

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