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名探偵ミシュリーヌ

 突然のサイン会が終了した後。


「だいたい、なんでこんな本を出したわけ?」


 ミシュリーヌが紅茶を口にしながら訊ねた。


「それは……冒険者や兵士たちの死亡率を下げたかったからです」


 ジュリアは少し視線を逸らしながら答える。


「ジュリアらしいわね」


 それは本心だった。


 目の前の少女は昔からそういう人間だ。

 自分が苦労して覚えたことを、自分だけのものにしておけない。


 だから本にしたのだろう。


「でも、この『転生についての考察』ってなんですか?」


 リィンが本の後ろの方を開く。


「読者の間でも賛否両論なんですよ。サバイバル本なのに急に宗教書みたいになった、とか」


「それは……ですね」


 ジュリアの返答が珍しく鈍る。


 ミシュリーヌがその反応を見逃すはずがなかった。


「ジュリア」


「……はい」


「本当に転生したとか?」


「嫌ですね」


 ジュリアはわざとらしく眉をひそめる。


「そんなことあるわけないじゃないですか」


 即答。そして妙に早口である。


 だがミシュリーヌは追撃の手を緩めない。


「幼い頃から完成されていた魔術理論」

「大人と平然と渡り合える剣術」

「まるで本当の戦場を知っているみたいな口ぶり」

「誰も知らなかった魔族についての知識」


 指を折りながら次々並べられる証拠に、ジュリアの目が少しずつ泳ぎ始める。


「剣は独学です。知識はアークライト侯爵家の隠し部屋の本で読みました」

「じゃあ今度案内してよ」


「ミリーとエリザが爆破してしまったので、もうありません」

「私とエリザが爆破したのは研究棟の壁だけだったよね?」


「…………」


 沈黙。


 ミシュリーヌがじっと見つめる。


 ジュリアは視線を逸らした。


「じゃあ、その章なんで書いたの?」

「売れると思ったので」


 あまりにも雑な回答だった。


 ミシュリーヌが額を押さえる。


「ねえリィンちゃん」

「はい?」


「悪いんだけど、少し廊下に出ていてくれる?」

「何故でしょうか?」


 リィンが首を傾げる。


 ミシュリーヌはにっこり微笑んだ。


「今から夫婦水入らずの話があるの。ごめんなさいね」

「は、はい!」


 リィンは慌てて立ち上がった。


 本を抱えたまま扉へ向かう。


 そして――


 パタン。


 静かに扉が閉まった。


 ミシュリーヌの笑みが深まる。


 座っているソファの隣を指差して、ポンと叩く。「ここへ座りなさい」である。


 ジュリアは本能的に悟った。黒龍と戦った時より危険である、と。

 無言のまま、ゆっくりと執務机から立ち上がると、ミシュリーヌの隣に座る。

 無意識に背筋が伸びる。額に汗が滲む。


「ねぇ、ジュリア」

「……はい」


「転生したの?」

「していません」


「じゃあ、なんで書いたの?」

「ですから、売れるかなって思いまして」

「それはさっき聞いた」


 ミシュリーヌのエメラルドの瞳が淡く光る。


「転生、してたんだよね?」


 部屋中の物という物が、ガタガタと騒ぎ始める。


「なんで、私に教えてくれなかったの?」


 長い沈黙。


 ヒリつく喉。


 ここで返答を間違えてはならない。


 確信だった。


 ゴクリと喉が鳴る。


「……言えば、変に思われるかと思いまして」


 その一言で、騒霊現象がピタリと収まった。


「……バカじゃないの」


「やっぱり……変、ですよね」


「違う!!」


「へ?」


「ジュリアが変なのなんて、そんなの今更じゃない」


 ミシュリーヌが大きなため息を吐いた。


「あの、ミリー?」


 その瞬間、ミシュリーヌがジュリアを抱きしめた。


「んなっ……!!」


 ジュリアの顔が赤くなる。耳まで。


 数秒。


「どんなに辛くて怖い思いをしたのかは聞かない。でも……」


 そして、ジュリアの頭を優しく撫でた。


「一人で抱え込まないで。もっと私に頼ってよ」


「……私は、そんなに抱え込んでいますか?」


「込んでる」


 即答だった。


「たまにね」


 ミシュリーヌは少しだけ視線を落とす。


「苦しそうな顔してる」


 ミシュリーヌはずっと隣にいた。

 学園にいた頃も。

 王都にいた頃も。

 ヴェルミースと戦った時も。

 だから分かる。


 ジュリアは言葉を失った。

 前世の彼女もこう言うところがあった。秘密を作ろうとすると怒る。

 そして隠していても、いつも結局バレた。


「そんな顔、していましたか」


「してた」


「……そうですか」


「そうです」


 沈黙。


 そしてミシュリーヌは、ゆっくりと身体を離した。

 でも視線だけは逸らさない。


「で?」


「で?」


「その本の印税、どのくらいなの?」

「……そこですか?」


「そこよ」


 真顔だった。


「三年もベストセラーなんでしょ?」

「知りません」


「いくらなの?」


「……初年度分で、白金貨三枚でした」

「は?」


「匿名だったので、受け取るのが大変でした」

「そこ?」


「税金を納める際も、父に怪訝な顔をされました」

「そりゃそうでしょうね」

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