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ジュリアの黒歴史

 その日、調査団が出発した。


 魔導帝国ゼノビア側からは、白髭の老ドワーフ、バルトルト・グリムゾン。

 今回は帝国側の情報提供も兼ねて、彼を中心にゼオガンダル山脈の探索が行われることになっている。


 本人はやる気満々で、大型魔導パワードスーツまで持ち出していた。


 助手は研究主任ゲルダ・ストーンホルム。


 一方、新連邦側はエリザ・クロネッカー。

 ジュリアは少々不安だったが、古代遺跡の調査に向かわせるならば彼女以上の適任者を知らなかった。


 もちろん、魔改造されたアルケイネ――リィン・オメガも同行している。


 本物のリィンが、


『肖像権の侵害では?』


 と抗議したらしいが、


『だって最近研究所に来てくれないからです』


 という意味不明な理論で押し切られたらしい。


 そして四人の冒険者も同行することになった。


 王都でも名の知れたA級冒険者パーティ『蒼穹の道標』。


 遺跡探索や護衛任務を得意とする実力派である。


 なお出発直前まで、彼らは自分たちの護衛対象の中に、


 ――猫耳メイド型古代兵器。


 なるものが含まれていることを知らなかった。


「我々はギルドから聞いていないのだが?」


 パーティリーダーが首を傾げる。


「私も聞いていません」


 ジュリアが即答した。


「え?」


 沈黙。


「その……追加人員ですか?」

「たぶん」

「たぶん?」

「先日までは存在していませんでした」

「先日?」

「私の知る限り、三日前までは」


 冒険者達は顔を見合わせた。


 嫌な予感しかしなかった。


 だが、ジュリアも急に猫耳ロボが生えてくるとは思っていなかったのである。


 仕方がない。


 ◇


 調査団を見送った後。


 リィンが代表執務室へ戻ってきた。


「本当にエリザさんに任せて大丈夫なんですか?」

「古代文字に精通している人を他に知りませんので」


 ジュリアも不承不承といった顔だった。


 するとミシュリーヌが、リィンの抱えている本へ目を向ける。


「ところで、その本なあに?」


 リィンの表情がぱっと明るくなった。


「これですか? “凜暴のジュリアス”という方が書かれた『冒険者よ、生き残れ!』です」


 その瞬間。


 ジュリアの喉から、


「げぇ」


 という、カエルを踏み潰したような声が漏れた。


 しかし誰も気づかなかった。


「どんな本なの?」

「私の愛読書なんですよ!」


 リィンは嬉しそうに本を開いた。


『1 魔力経路の最適化』

『2 術式の圧縮法』

『3 魔力隠蔽の法』

『4 踏み込みを悟らせない方法』

『5 仲間との連携について』

『6 限界でのサバイバル術』

『7 術式を斬る方法』

『8 転生についての考察』


「いかなる戦場でも生き残る秘訣がまとめられているんです。冒険者を目指す人なら誰もが読む名著ですよ!」


 王都では三年ほど前から流通しており、今やベストセラー。


 しかし著者の正体だけは誰も知らない。


「なんか……どこかで聞いたことのある内容ね」


 ミシュリーヌがページをめくる。


「それに『術式を斬る方法』だけ妙に客観的なのよね」


「やっぱりそう思いますか?」


 リィンも大きく頷く。


「誰かがやっているのを観察して書いたみたい」


 そう言いながら、ミシュリーヌがちらりとジュリアを見る。


「これ、ジュリアが昔から言ってた理論そのままじゃない? ジュリアも読んだことあるの?」

「読みましたよ。有名ですからね。私も参考にしています」


 平然と答えるジュリア。


 するとリィンが耳をぴくりと動かした。


「ジュリア様もご存知だったのですか!?」

「まあ、一応」


 ミシュリーヌはさらに不思議そうな顔をする。


「でもジュリアって、私と会った時にはもうこの理論完全に術式に落とし込んで完成させてたよね?」


「この本が出たのは三年前だったはずですが。もしや初版本をお持ちなのでは?」


「さあ? 忘れました」

 ジュリアは紅茶を傾ける。


 ミシュリーヌはページをめくる。


「そういえばジェラルドって術式斬れるよね?」

「そうなんですか!?」

「……ジェドもこの本を読んだのでは?」


 ミシュリーヌが半眼でじっとジュリアを見つめながら紅茶を飲む。

 その表情は、完全にミシュリーヌの母エウラーリア様そっくりだった。


 ジュリアが顔を逸らした。


 ミシュリーヌはゆっくりと紅茶のカップを置く。


 カチャリ。


「ねえ、ジュリア」

「……なんでしょう」


「私たちって婚約してるよね?」

「……そうですね」


「夫婦間に隠し事って良くないと思わない?」

「そうでしょうか?」


「ジュリア」

「なんでしょう」


「凜暴のジュリアスって誰?」

「存じ上げません」


「ジュリア」

「なんでしょう」


「凜暴のジュリアス」

「存じ上げません」


「ジュリアス」

「存じ上げません」


「ジュリア」

「……」


 長い沈黙。


 やがてジュリアが盛大に溜息を吐いた。


「ペンネームはもっと捻るべきでした……」


「えっ」


 リィンが本とジュリアを交互に見る。


「これ……ジュリア様が書いたんですか!?」


 ジュリアが静かに目を閉じた。


「あの」


「なんでしょう、リィン」


 リィンの目は宝石のように輝いていた。


「ここに、サイン頂けますか!!!?」

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