表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
122/159

移住問題

 ヴァランタン公爵家。サロン。

 久々に帰宅したジュリアとミシュリーヌを前に、公爵夫妻は安堵していた。


「無事で何よりだ」


 ランベール・ヴァランタンが紅茶を口にする。

「それで?」


 隣のエウラーリアが微笑む。

「国境問題は解決したのかしら?」


 ジュリアは少し視線を逸らした。


「お義父様、お義母様。それについてですが……非常に重要、かつ想定外のご報告があります」

「なんだ? 歯切れが悪いな」


 パラリ。

 ジュリアは帰りに馬車の中で書いた報告書を二人に見せた。


『【極秘】アトネータイ勢力との接触報告』

『確認事項』

『・神鳥シームルグとの接触に成功』

『・交戦状態は終結』

『・敵対意思は確認されず』

『侵攻目的』

『・新たな居住地の探索』

『原因』

『・旧居住地喪失』

『喪失原因』

『・不明』


「結局……何も解決しませんでした」


 ――しん、とサロンが静まり返る。


 ランベールが、報告書に目を通しながら、パチパチと瞬きをした。


「つまり……どういうことだ?」


 ジュリアは真面目な顔で答えた。


「いえ。国境問題という枠組みそのものが消失し、大規模な移民問題へと発展しました」

「ケンタウロス族の件なら森林国に任せればよいだろう」


「そうではありません」

「では何だ?」


 ジュリアは静かに告げる。


「"神鳥シームルグ"自身が移住先を探しています」


 ランベールが、ゆっくりと紅茶をソーサーに置いた。


 ――カチャ。


 沈黙。


「……神鳥とは、あの神鳥か?」

「はい」


「大陸神話の?」

「はい」


「空を覆う?」

「はい」


「その神鳥が?」

「移住先を探しています」


「……」

「……」


「どこに住むつもりなのだ」

「………」


 気まずいジュリアに代わって、ミシュリーヌが焼き菓子を齧りながら口を開いた。


「まだ決まってないって」

「決まってないのか」

「うん」

「そうか」


 ランベールが天井を見上げる。天井画の緻密な絵画すら意識に入ってこない。

 神話級の住所不定者をどう扱えば良いのか、いくら考えても答えなど出るわけがなかった。


 エウラーリアは二人の結婚披露宴が遠くなったなと感じていた。

 だが。問題は他にもある。


 静かに扇子を開く。

 パチリ。

 それは彼女が思考を開始する時の癖だった。


「そう。そのアトネータイとやらの規模は?」


 ジュリアは少し考える。

「そうですね。頭数だけで言えば、都市一つ分といったところでしょうか」


「構成種族は?」

「おそらく最も多いのはハーピーです。人間の少年少女ほどの体格ですね」


「戦闘種族は?」

「ハーピーの下位兵がザラス。ヴァルザが主力。アータルが上位種です」


「構成数は?」

「不明です」


「最上位は?」

「ガルーダです。背丈は優に三メートルを超え、個体の戦闘力は若い古龍種に匹敵します」


 エウラーリアは小さく頷いた。

「食料は?」

「そこまでは……。おそらく雑食だと思われますが」


「住居形態は?」

「不明です」


「繁殖速度は?」

「わかりません」


「寿命は?」

「不明です」


 沈黙。


 軍事に関しては天才的なはずのジュリアが、完全に形無しとなって居心地悪そうに視線を逸らす。


 ランベールが苦笑した。


「まるで罪人の尋問だな」

「当然でしょう」

 エウラーリアは即答する。


「ジュリア嬢は神鳥が移住すると言ったのよ」

 扇子の奥の瞳が細まる。


「私が知りたいのは神鳥ではないわ。その神鳥に付き従う民の方よ」

 エウラーリアは静かに紅茶を口にした。


 そして。


「ジュリアさん」

「はい」

「そのハーピー達は、自分たちを何者だと思っているのかしら」


 ジュリアが瞬きをする。

「何者……ですか?」

「そうよ」

 扇子がパチリと閉じられる。

「難民なのか、侵略者なのか、それとも移住者なのか」


 沈黙。


「その答え一つで、こちらの外交、法、軍事、すべての対応が変わるわ」


 ジュリアは返答できなかった。

 戦場では見えなかった景色がある。

 エウラーリアは、最初からそこを見ていた。


 沈黙。


 そんな空気の中。


 ――ぱたぱたぱた。


 廊下から小さな足音が聞こえた。

 勢いよく扉が開く。


「ジュリアー!」


 飛び込んできたのはルシアンだった。


「コラッ。ルシアン様!いけません!!」


 侍女が必死に静止する声が聞こえる。


「おっと」

 ジュリアが受け止める。


「ただいまです、ルシアン」

「おかえり!ジュリアおねえさま!」


 満面の笑み。


 その後ろから、カミルも現れた。


「失礼します」


 きちんと礼をする。


 そして。

 カミルは、室内の重苦しい空気を察した。


「……何かありましたか?」


 ランベールが遠い目をした。


「神鳥が引っ越し先を探しているそうだ」

「はい?」


 カミルが固まる。


 一方。


 ルシアンは目を輝かせた。


「とりさん!?」

「ええ」


 ミシュリーヌが頷く。


「大きな鳥さんです」

「どれくらい?」


 ジュリアは少し考えた。


「王都が隠れるくらいです」

「すごーい!」


 ルシアンは純粋に感動した。


「じゃあおうちにくればいいのに!」


 ランベールが咳払いする。

 エウラーリアが扇子で口元を隠す。


 ジュリアが真顔で答えた。


「それは無理ですね」

「なんで?」


「屋根が壊れます」

「そっか!」


 納得した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ