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対話

 ジェラルドの大剣が、唸る。その一閃で、群がるヴァルザ達をまとめて葬る。

 禍々しい漆黒の騎士バザラードが、同様に黒い大剣を振るった。反対側のヴァルザ達が消し飛ぶ。


「やるではないか小僧」

「お前もな」



 空。幾重にも走るジュリアの青い稲妻。ヴァルザ達へ伝播しまとめて痙攣を起こす。

 そこへ紫の炎の弾丸が次々と穿っていく。


「見知らぬ体系の術式。しかし群れには有効」

「援護射撃、感謝する」


 ジュリアが素直に感謝を述べる。

 ザーデ・エル・ニクスが豪奢な黒いフードの奥で嗤った。



 前方。

 影冥大公フェゴニールは、自分の周囲に無数の漆黒の剣を生み出す。そして、射出。

 それだけで、周りのヴァルザ達が一掃される。

 無から有を産む。それは『世界改変型』のみに与えられた力だ。


「クハハハ!!脆いわ」


 しかし、一人、先頭を歩く金髪の少女。

 そこへ群がるアータル達。

 黒い翼が空を覆い、無数の槍が突き出される。


 ミシュリーヌの瞳が淡く光った。


「邪魔」


 瞬間。大地が隆起した。ザン。ザン。ザン。前方一帯から岩の棘が次々と突き出す。さながら巨大な剣山。

 逃げる暇すら無かった。アータル達がまとめて串刺しになる。

 さらに。天を衝くほどの岩棘が、ゆっくりと前方へ傾いた。倒れる。その下にいたヴァルザ達は悲鳴ごと押し潰された。

 最早、草原の景色そのものが変わっていた。


 フェゴニールは息を呑む。

 ――理解できない。

 ――いや、規模がおかしい。

 十メートルを超える岩の棘。草原を埋め尽くすほどの範囲。

 フェゴニールの長い人生にも、比肩する使い手は存在しなかった。

 ただ一つだけ分かる。あの少女を敵にしてはならない。


 その時だった。


「ミリー?」


 後ろからやってきたジュリアが声をかける。


「それ、足場が悪くなるから止めてもらえないですか?」

「あ、ごめん」


 次の瞬間。

 天を衝いていた岩の棘が、音もなく崩れ始めた。まるで最初から存在しなかったかのように。


 フェゴニールは黙った。

 今しがた地形そのものを書き換えた少女が、叱られた子供のように謝ったからだ。



 一方空では。

 赤龍たちとガルーダ達が戦っていた。

 ガルーダが真っ赤な翼から次々と火矢を放つ。対する赤龍達が一斉にブレスを放つ。

 対消滅する炎と炎。

 ガルーダが炎の間隙を縫って、一羽の赤龍に迫る。

 老白竜の背に乗ったセシリアが祈る。

 赤龍が淡い緑の膜に包まれる。龍の鱗さえ切り裂く鉤爪が、あっけなく弾かれる。

 そこへ銀閃。空中へ飛び出したルカの剣が、ガルーダの丸太のような足を斬り裂く。

 ガルーダが悲鳴を上げる。

 反動で投げ出されたルカの身体が落下する。

 だが。赤龍が翼を傾けた。

 その背へ滑り込むように着地する。


「助かる」

「なんの」


 短いやり取りだった。

 人族が龍の背に乗ることなど本来あり得ない。

 まして戦場の最中に、ここまで息を合わせるなど。

 いつの間にか。ルカとセシリアは龍達の輪へ溶け込んでいた。


 ◇


 やがて。先方が、地に伏せた輝く神鳥の目前にたどり着いた。


 ジュリア達が見上げる。

 セシリアとルカも、龍の背から降りてきて、ジュリア達に合流した。


「デカすぎだろ……」

 ジェラルドの喉から、掠れた呟きが漏れた。


 "デカい"という言葉が、果たしてこの存在に対して当てはまるのかすら怪しかった。


 神鳥シームルグ。


 地に伏せているというのに、それはそびえ立つ霊峰そのものだった。

 アータルの倍近い巨体を持つガルーダでさえ、その足元に群れる小鳥のように見えた。

 その体だけで小さな村を潰せるような大きさ。翼を広げれば、王都でさえ覆い隠せるような。そんな錯覚すら覚える。


 一枚一枚が盾ほどもある羽根は、流れ落ちる極光のように、絶え間なく循環する清流のように、羽弁に沿って七色に光彩していた。

 そして奇妙なことに、その周囲だけは、世界の理から切り離されたかのように風が凪いでいた。

 草一枚揺れず、埃すら舞わない。

 まるで世界そのものが、この絶対的な存在を乱すことを恐れ、息を潜めているかのように。


 シームルグは、何も言わない。

 ただ、天上からすべてを見通すように、静かに一同を見下ろしていた。

 その黄金の双眸は、深淵な星空そのものを球体に閉じ込めたかのように、底知れぬ輝きを湛えている。


 ガルーダ達は武器を構えていなかった。

 誇り高き槍は無造作に地面へと置かれ、その自慢の赤い翼も、小さく畳まれている。

 彼らはただ、等しく深く頭を垂れていた。

 絶対の神の前だからだ。


 そして周囲のザラスやヴァルザ、アータル達も動けなかった。全身の細胞が恐怖と畏怖で硬直している。

 神鳥は目前。

 下手をすれば、自分たちの信仰そのものが、この場で蹂躙されるかもしれないのだ。


 その緊迫した沈黙を破り、ジュリアが一歩、前へと踏み出す。


「話をしても、いいでしょうか?」


 ジュリアが、中央、ひときわ巨大なガルーダの戦士に訊く。


「卑しき西の民よ。我らが神から、疾くと離れよ」


 それは、拒絶を孕んだ、厳かな声音だった。


 ジュリアがため息を吐く。


 ――交渉の余地なし。


「ミリー」

「ええ」


 ミシュリーヌが、細い手を無造作に翳した。


 見下ろしていたシームルグの巨大な頭部が、見えない巨人に押さえつけられたかのように窪み、ず、ず、ずと、強引に地面へと引きずり下ろされていく。

 大地が悲鳴を上げ、激しい震動が足元を襲う。抗おうとするシームルグの巨体がきしみ、たまらずその夜空のような瞳を細めた。

 神鳥の全身から放たれていた神聖な七色の光が、負荷に耐えかねたように、激しく明滅し始める。


「神鳥様!!」


 ガルーダ達の悲鳴が、あちこちで弾けた。

 つい先刻まで神を守ろうと身を挺していた戦士たちが、予測不能な質量と圧の暴風に煽られ、右往左往しながら慌てて退避し始める。


 その混沌の渦中に、割り込むように。

 悲痛な声が響いた。


「待って!ミシュリーヌさん」


 セシリアだった。


「鳥さんが、苦しんでる」

「え?」


 ミシュリーヌが、怪訝そうに力を緩めた。

 途端に周囲の圧迫感が和らぐ。


「わかるの、セシリア?」

「はい」


 拘束から解かれたシームルグが、ゆっくりと、一度だけ瞬きをした。

 セシリアはそれに応じるように、静かに目を閉じる。


 耳を澄ませ、誰かの声を聞くように。


 そして――。


「……鳥さんは」


 セシリアは、言葉を探すように、ポツリと言った。


「住んでいたお家が、無くなったみたいです」


 静寂。


 誰も理解できない。


「お家?」


 ジュリアが聞き返した。


 セシリアは頷く。


「はい」


 そして。


 シームルグがゆっくりと瞬きをした。


「新しいお家を探しに来たって」


 神鳥シームルグ。

 数千年を生きる神話の存在。


 それが、

 世界を滅ぼすためでも。

 神罰を下すためでもなく。


 ただ。

 帰る場所を探していただけだった。

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