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東方の戦場にて

 焼けた東方大平原。

 此方の地上には数千の魔族達。空には数十の赤龍達や数百のワイバーン、無数のガーゴイル達。

 そして、彼方には万を超す、ヴァルザと呼ばれる武装したハーピー達。


 騒がしく雄叫びを上げながら、両陣が睨み合う。一触即発。


 一見すればブレスを持った赤龍が居るほうが優勢に思える状況。

 果たして。


 赤龍が吠えた。

 地上から一斉に魔術が彼方の空に向けて打ち上げられる。

 盾を持ったヴァルザ達が受ける。堕ちていくヴァルザ。

 だが赤龍達のブレスを受けても一切退かない。


 士気は全く落ちること無く、彼らは迫ってくる。

 次第に前線のワイバーンやガーゴイル達へ群がっていき、削ぎ落としていく。

 味方が交じる空。地上からの魔術も、つい奥へ奥へと標的を変える。


 しかし、浸透してきたヴァルザ達が、ついに一体の赤龍へ取り付いた。

 振り払う。

 噛み砕く。

 焼き払う。

 次々に落ちていくヴァルザ。

 それでもヴァルザ達は恐れない。

 数は増えていく。


 翼膜へ槍が突き立つ。

 一枚。

 二枚。

 三枚。

 赤龍が悲鳴を上げた。

 高度が落ちる。

 さらに群がる。

 まるで獲物へ群がる肉食魚のように。

 為すすべ無く見上げる地上の魔族たち。


 ついに、赤龍が堕ちる。

 すぐさま味方が駆け寄る。しかしズタズタの体。もはや虫の息。


 相手方の地上には無数のヴァルザの残骸が積み重なっている。

 それなのに。

 空には依然として意気軒昂のヴァルザの軍。


 魔族達は戦慄した。


 ◇


 ジュリアはフードを深く被り、その光景をダークエルフ達の隣で見つめていた。


 損耗率がおかしい。既に前線だけで数百は落ちている。

 普通の軍なら動揺が走る。精鋭ですら隊列は乱れる。


 だが、ヴァルザ達は違った。誰一人として退かない。

 仲間の死体を踏み越え、炎を潜り、それでも龍へ取り付く。


 被害を全く恐れない異常さ。単に士気が高いという段階ではない。

 もはや信仰に近い。

 死を受け入れているのではない。死を望んでいるのでもない。

 いや、死に場所を得ようとしているのか?

 違う。戦場で死ぬことを誉れとしている。

 そんな風にさえ見えた。


「ミリー。やれる?」

「ええ」


 ミシュリーヌが右手を空へかざす。


 数秒。何も起こらない。そう思えた。


 だが次の瞬間。

 空で戦っていたヴァルザ達が、次々と堕ち始めた。

 懸命に羽ばたく。だが羽根は虚しく空を切る。まるで大気そのものが消えたかのように。


「今だ!!Ⅱ型を出せ!!」


 モーリガンの凛とした声が高らかに響く。


 瞬間。


 背後から数千の黒い蜘蛛達がワラワラと駆け出していく。

 黒いアルケイネ。

 Ⅱ型と呼ばれる蜘蛛型古代魔道兵器だった。

 前脚二本は異様なほど長く。鋭い鎌のように湾曲している。歩行には使われていない。殺すためだけの脚だ。

 さらに。漆黒の外殻は光を吸い込むように一切反射しない。

 夜そのものが走っているようだった。


 黒いアルケイネ達は、落とされたヴァルザに群がっていく。

 それは、最早一方的だった。

 起き上がろうとしたヴァルザがいた。次の瞬間には、黒い鎌が首を刎ねていた。

 逃げようとしたヴァルザがいた。黒い影が追い付き、脚を断った。

 まるで、収穫だった。


 それを見たジェラルドがゾッとする。


「あの蜘蛛、あんなに隠し持ってたのかよ。怖すぎだろ」

「どうでしょうか?見た所、私たちが倒した白い方にくらべて滑らかさが足りない気がします」


 ジュリアが戦場を蹂躙する黒い蜘蛛達を冷静に分析する。


「たしかに。そう言われてみれば」

「ジュリア様、あそこ。黒い蜘蛛が壊れています」


 リィンの狩人の瞳が、仲間に踏まれてあっけなく潰れた個体を捉えていた。


「なんだか、白いタイプに比べて、脆そうですね」

「たしかに。あれなら一人でも倒せそうだな」


 その会話を聞いていたモーリガンの眉間に皺が寄る。


「……Ⅱ型は廉価版だ」


 そしてため息を吐く。


「Ⅰ型のような神鋼だらけの個体を、そう簡単に作れるものか」

「なるほど。古代エルフ文明でも軍事予算の捻出には苦労していたのですね」

「そこか?」


「しかし、あんなに損耗しても大丈夫なのですか?貴重な古代遺産なのでは?」

「Ⅱ型ならマザーアルケイネが生産可能だ」

「生産?」

「ああ」


モーリガンは淡々と答えた。


「壊れた分は補充される」

「なるほど」

「だから多少の損失は問題にならん」


 ◇


 そんな一方的な戦況がしばらく続いた時だった。


 ――ピィィィィィ。


 耳を聾するような高い鳥の声。


 すると、敵の軍勢が退き始めた。


「流石にこのままだと無駄だと悟りましたか」


 アルケイネⅡ型達も戻ってくる。

 地上には夥しい数のヴァルザの亡骸。


「ミリー。魔力はまだ平気ですか?」

「ん?」


 ミシュリーヌが首を傾げた。


「これ、魔力は使わないよ」

「……え?」


 少し考えるような素振り、そして。


「強いて言うなら、お腹へったかも」

「そ、そうですか」


 ジュリアはそれ以上聞かなかった。聞いてはいけない気がした。


 前世のミシュリーヌは、少し飛び抜けた天才魔術師だった。

 教えれば、水を吸い込むスポンジのようにすぐに吸収し、再現できた。

 だが魔力が減れば戦えなくなり、知らない術式には対応が遅れたりもしていた。

 普通に人類の魔術体系の内側で戦っていた。

 そして、自分の腕の中で冷たくなった。守れなかった。


 それが今の彼女はどうだ。

 魔力を使わず、あれほどの現象を引き起こしている。

 代償は、お腹が空くだけ。


 以前、一度だけ聞いたことがある。


『これはすごいですねミリー。魔力経路も検知できませんでしたし術式も読めませんでした。一体どうやったのですか?』

『えへへ。魔術の現象だけを抽出してみたの。そしたらなんか出来たの。すごいでしょ。ジュリアも試してみなよ』


 理解できなかった。


 天才を下手に刺激するのは良くないのかもしれない。

 ジュリアは、もし次に転生することがあるなら気を付けようと思った。


「……そういやお前ら、この戦争終わったら結婚……するんだってな」

「……」

「なあ、無視?」

「今はそれどころではありません」

「いや絶対それどころだろ」

「えへへ」

 ミシュリーヌは機嫌良さそうにジュリアに寄り添った。

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