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うちにもヤバいの居ましたね

 アストライア新連邦・国際共同研究所。

 アルケイネ解析区画。


 エリザとゲルダの研究が行き詰まっていると聞き、ジュリアはミシュリーヌを伴って研究棟を訪れていた。

 手には焼き菓子の入ったバスケット。


「二人とも、何を悩んでいるのですか?」

 ジュリアが声を掛ける。


「例の“拒絶術式”です」

 エリザは顔も上げず答えた。


「おかしいのよ……」

 ゲルダも机へ突っ伏したまま呻く。


「術式が閉じているのですか?」

「いえ、違います」

 エリザは投影された術式群を睨み続ける。


「これは、“拒絶している”んです」

「だからその理屈を聞いてるのよ!」

 ゲルダが机を叩いた。


「何をどう計算しても成立しない!」

「なのに成立している!」

「意味が分からない!」


 机の上には演算紙が山のように積まれていた。

 数式。術式図。分解図。考察メモ。

 研究室そのものが戦場の跡地だった。

 髪は乱れ。目の下には濃い隈。白衣はオイルとインクまみれ。

 研究棟全体に、薬品とコーヒーと徹夜の匂いが漂っている。


「少し休みなさい。命令です」

 ジュリアが呆れたように言う。


「「あと少しです」」

 綺麗に重なった。


「駄目です」

 深いため息。


 その横で。


「ふーん」

 ミシュリーヌが投影術式を覗き込んでいた。

 エリザもゲルダも気付いていない。

 完全に術式へ没頭している。


「ミリー?」

 ジュリアが嫌な予感を覚える。


 ミシュリーヌは首を傾げた。


「これ、たぶん――」


 そして。


 投影された拒絶術式へ向かって指を伸ばした。

 研究室の空気が、ぴたりと止まる。


「こうじゃない?」


 ――カチリ。


 そんな音がした気がした。


 次の瞬間。

 投影術式の一部が、滑るように組み替わった。


 沈黙。


「……は?」


 ゲルダが固まる。


「……え?」


 エリザも固まる。

 投影盤には数週間解けなかった術式の欠落部分が、まるで最初からそこにあったかのように収まっていた。


「あれ?違った?」

 ミシュリーヌが二人を見る。


 エリザが立ち上がる。椅子が後ろへ吹き飛んだ。


「待ってください」

 珍しく声が震えていた。


「今、何をしました?」

「何って」


 ミシュリーヌは不思議そうな顔をする。


「ここ、居心地悪そうだったから」

 指を差す。

「通り道を作っただけ」


 沈黙。


 エリザは眼鏡を拭き直して、投影図に近づく。

 ゆっくり指でなぞっていく。

 欠損していた式が、完成している。


 ゲルダがゆっくり眼鏡を外した。

 エリザがゆっくり額を押さえた。


 そして。


「ジュリア」

「なんでしょう」

「ミシュリーヌをしばらく貸して」

「却下です」

「週三回でいいです」

「却下です」

「お茶とお菓子も用意します」

「駄目です」


 そんなくだらないやり取りをした後、ジュリアは投影された術式を睨みつけた。


『拒絶術式』。

 世界を拒絶し、魔術や祈り、ミシュリーヌの"力"すらを通さない理不尽。

 術式そのものを閉じる異常構造。


 ――これ、防護結界へ応用すれば……。


 一瞬で、軍事利用の構想が浮かぶ。

 都市防衛。飛空艇装甲。対魔族要塞。


 だが、ジュリアは小さく息を吐き、首を横へ振った。

 これ以上は駄目だ。

 今でさえ世界は十分に加速し過ぎている。


「ミリー。帰りますよ。二人もお風呂に入りなさい。少し、匂います」


 言われた二人は自分の袖や脇に鼻を近づけ始めた。


「そんなに?」

「そんなにです」


---------------------


 後日。アストライア新連邦代表執務室。


 なぜか銀髪のダークエルフが訪れていた。


「シームルグに対抗できる娘がいると聞いたが?」


 モーリガン・ブラナッハはエイダンやメイヴィエッタからその少女について聞いてゾッとした。

 曰く「黒の禁忌を再現した」

 曰く「西方海域で海を割った」

 曰く「眼の前で雲に穴を開けた」

 曰く「アルケイネの拒絶術式を一瞬で修復した」

 そして、黒龍を倒した娘と常にセット。


「ミリーのことですか?渡しませんよ」

「まだ何も言っておらんぞ」


「黒の魔力を再現したと聞いたが?」

「再現しましたね。学園でレテ・スウォームの幼虫を放流したと思われる、容器の残留魔力から」


「西方海域で海を割ったそうだが?」

「割りましたね。帝国西方海域で"ユーリアリナの髪"が異常発生した際に、軍用飛空艇が海底に着陸できるサイズで」


「雲に穴を開けたそうだが?」

「やってましたね。そのソファで紅茶を片手に座ったままで」


「アルケイネの拒絶術式を修復したそうだが?」

「しましたね。研究者二人が数週間悩んで解けなかった欠損箇所を」


「お前も苦労してそうだな」

「わかりますか」


「ちなみにその娘、怒ることはあるのか?」

「ありますよ」


「何をすると怒るのだ?」

「身内が傷つけられた時でしょうか」


「………」

 モーリガンは静かに目を閉じた。

 聞かなければ良かったと思った。


 ジュリアが首を傾げる。

「ヴェルミースはミリーの事を『世界干渉型』と分類していましたが、魔族にも同様の力を持つ存在は居るのではないのですか?」

「居る」

 モーリガンは即答した。


 ジュリアが少し安堵する。


「だが!そんな規模の事象を引き起こす存在がゴロゴロ居てたまるものか!!せいぜい周囲三メートル範囲だ!!」

 机を叩いた。


「三十メートル?」

「三メートルだ!!」


 モーリガンは荒げた息を整え、居住まいを正す。

「……正式に、その娘を対アトネータイとの交渉に出席させてもらいたい」


 ジュリアは眉を寄せる。

「そうは言われましても。現在、私とミシュリーヌは外出禁止中なので……」

「何故だ」

「色々ありまして」

「色々で済む状況か!!」

 机を叩く。


「もう私でも黒曜議会を押さえられんのだ」


 深淵種は侵攻を主張している。

 古龍は怯えている。

 魔族は動員を始めようとしている。

 数千年続いた均衡は崩壊寸前。

 その中で、唯一対抗可能かもしれない存在が、目の前の少女の友人だった。


「そう言われましても、ミシュリーヌがその力を使えることが、ご両親、というかエウラーリア様にバレると少々厄介で……」

「世界の命運が掛かっている時なのだぞ!!」


「そうですよね」

「そうだ」

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