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ソファで紅茶を飲む少女

 アストライア新連邦代表執務室。


「――以上です」


「……現在ケレスアイテール、ディーヴァマーテル、共にドッグに入り損傷の確認、及び修復中です」


 ギルベルトとマティアスの報告を聞き終え、ジュリアは沈黙していた。


 これはもう、“種族”だとか“生物”だとか、そういう尺度で語る存在ではない。

 巨大な生態系。自然現象。あるいは世界そのものに組み込まれた機構。

 敢えて使いたくはない言葉を当てるなら――神。

 そんなものが、壁の向こうから現れた。


 重苦しい空気の中、メイヴィエッタが静かに口を開く。


「黒曜議会は混乱しています」


 淡々とした報告だった。


「古龍種は恐慌状態です。深淵種は侵攻を主張し、古代魔貴族達は総動員計画を立案しています」


 そこで僅かに眉を伏せる。


「中には、人族領域を直接支配下へ置くべきだと主張する者も現れました」


 最悪だった。前世で見た破滅への流れ。

 魔族が恐怖から先制攻撃を開始し、最終的に世界規模の戦争へ至る道筋。

 今世までもが、そこへ収束しようとしている。


 誰もが難しい顔をしていた。


 そんな中。


 ソファで紅茶を飲みながら話を聞いていたミシュリーヌが、ぽつりと呟く。


「それって私の力と似てると思う」


 沈黙。


「何の話ですか?」


 ジュリアが聞き返す。


「その鳥」


 ミシュリーヌは紅茶を置いた。


「話を聞いてる限りだと、たぶん私と同じ」


「……?」


「あの雲を見てて」


 全員が反射的に窓の外を見る。


 青空。


 流れる雲。


 何の変哲もない昼下がりだった。


 ミシュリーヌはソファに座ったまま、気軽な仕草で窓の向こうへ手を伸ばした。


 数秒。


 何も起きない。


 そう思った瞬間だった。


 空の雲が消えた。


 いや。


 正確には違う。


 円形に切り取られた。


 まるで最初からそこだけ存在しなかったかのように。


 雲だけが綺麗に消失していた。


 術式反応は無い。


 魔力収束も無い。


 ただ世界が、


 そこを「空白だった」と認識し直したようにしか見えない。


「は?」

 ギルベルトが固まる。


「え?」

 マティアスも固まる。


「…………」

 メイヴィエッタは絶句していた。


 ミシュリーヌは首を傾げる。


「ほら」


「いや、ほらじゃありません」

 ジュリアが即座に突っ込んだ。


「え?」


「今、何をしました?」

「雲をどけた」


「どうやって」

「邪魔だったから」


 全員が黙る。


 ジュリアがゆっくり額を押さえた。


「ミリー……」

「なに?」


「まさか貴女」


 嫌な予感しかしない。


「シームルグを同類だと言いたいのですか?」


 ミシュリーヌはきょとんとした顔をした。


「違うの?」


 誰も答えられなかった。


 窓の向こう。

 雲だけが、不自然なほど綺麗な円を描いている。


 その光景を見ながら、ギルベルトはふと思った。


 もしかすると。今、自分達が最も警戒すべき存在は、神の壁の向こうではなく。

 この部屋のソファで紅茶を飲んでいる少女なのではないか、と。

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