神話の鳥
黒曜議会。光なき大空洞。
「北方平原にガルーダが目撃された」
長い銀髪を持つ女、モーリガン・ブラナッハの凛とした声が響く。
黒い水面のような床の上に、長命種たちが沈黙した。
誰も口を開かない。
だが。
空気だけが、重かった。
その名を聞いた瞬間、老白龍の黄金の瞳がゆっくりと見開かれた。
「……ガルーダだと?……まさか、アトネータイの」
低い声。古龍種の席だった。
「ゴルズ=ヴィム様?なにかご存知なのですか?」
若い赤龍が尋ねる。
「知らぬはずがなかろう。黒龍バル=ザグナードを堕とした人族の小娘などとは違う、本物の龍殺し。我らの天敵じゃ」
老白龍ゴルズ=ヴィムは静かに目を閉じる。
「奴らは空を焼く」
若い赤龍が息を呑む。
「奴ら……?」
「龍をも狩る、一万の不死の軍……」
「そ、そんなもの……」
「我らの翼膜を断つ風圧を知っておる。どの高度で失速するかすら知っておる。古龍の鱗を裂く角度を知っておる」
「若い頃、儂は見た。偉大なる我らが古龍の長老たちが、我らを守り、為すすべもなく堕ちていく、その様を」
「数千年をかけて積み上げたのじゃ」
ゴルズ=ヴィムは低く唸った。
「そして、奴らを統べるは、"神鳥シームルグ"。もはや、太古の魔神すら凌ぐ」
「アトネータイは、“龍を殺す文明”よ。彼らが神の壁を超えた今、我らに逃げ場など無い」
主戦派である古龍種が怯えている。
その動揺は、同じ主戦派の深淵種や、中庸の古代魔貴族達にも伝播した。
「我々はもはや人族との均衡ごっこなどやっている場合ではないぞ」
「大戦争だ」「大侵攻だ」「人類国家の領域を取り込め」
「徴発を始めろ」
「全領域へ動員令を出せ」
怯えが、広がる。
「待て!!」
モーリガンの声は議場へ響いた。
だが、誰一人として耳を貸さなかった。
魔族たちの騒ぎに虚しくかき消される。
もう、止まらない。
古龍達は恐怖していた。
深淵種は既に侵攻計画を口にしている。
古代魔貴族達は動員計算を始めていた。
――遅すぎた。
モーリガンは理解する。
神の壁が開いた瞬間。数千年続いた均衡は、既に終わっていたのだと。
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新造飛空艇ケレスアイテールが、煌めく星々の下、闇の中を静かに飛ぶ。
見えてきたのは、雄大な山脈。
「ギルベルト艦長。見えました。ゼオガンダル山脈です」
「よし。あの一番低い峰を目指せ」
「はっ」
その時だった。
山の稜線から、月が昇った。
遠い。
そう思った。
山脈の向こう側。雲海の彼方。
だが次の瞬間、ギルベルト・ノイエンブルクは理解する。
違う。
巨大すぎて、遠く見えているだけだ。
そして、
月が、翼を広げた。
巨大な影。
黄金。
白銀。
夜空そのものを覆うほどの翼。
山岳気流が悲鳴のように乱れる。
飛空艇が大きく揺れた。
ギルベルトの全身が総毛立つ。
理屈ではない。
本能だった。
「取舵!!避けろ!!!」
叫んだ瞬間。
それは。
こちらを見た。
◇
後方。二番艦:ディーヴァマーテル。
「ケレスアイテールより入電!」
「取舵! 全力離脱! 繰り返す! 取舵! 全力離脱!」
「何があった!?」
マティアス・マストハインが叫ぶ。
通信結晶の向こう。
雑音。
悲鳴。
そして――
眼の前。
月が、羽ばたいた。
「は……?」
誰かが呟いた。
だがマティアスには、それが何を意味するのか本能で理解する。
「総員!衝撃に備えろ!」
訪れたのは、激しい衝撃波だった。
ディーヴァマーテルの巨体が横へ押し流される。
船体が軋み、
術式帆が悲鳴を上げた。
「高度維持できません!!」
「離脱しろ!!急速回頭!!全速離脱!!」




